九州八十八ヶ所百八霊場

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九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第三十四番札所 宝珠山 中野寺

はまぐり碁石の里あたりから赤岩川に沿って右岸をさかのぼり寺標を左へ、急な坂を上った所に中野寺はあります。山門を入り境内には不動明王・地蔵菩薩・慈母観音などたくさんの仏様をお参りいただけます。御本尊は阿弥陀如来です。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第三十三番札所 吉祥山 永願寺

創建は、平安時代にさかのぼり、嘉祥元年(848)に江田城主草野大膳弘利が四海安徳を祈願して、能円了孝和尚によって開山しました。 御本尊「薬師如来像」は奈良時代の高・行基の作とも伝えられています。
九州三十六不動尊霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第三十二番札所 万寿山 光明寺

養和元年(1181)豊前国宇佐郡から智賢法印を招き、延岡で最初の土持氏の城となる井上城の鬼門除けとして光明寺を創建しました。境内には西国三十三ヶ所の観音像や淡島大明神がお祀りされています。
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九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第三十一番札所 大圓山 龍仙寺

今から約400年前、大和国より訪れた谷山覚衛門により、修験の道場として開かれました。現在でも修験の教えは着々と受け継がれ法螺貝の心地よい音色が、森林に響き渡っていす。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第三十番札所 東光山 大日寺

慶長十三年(1608)四国土佐の長曾我部元親公の血を引く秀乗律師が、佐伯藩初代藩主毛利高政公の願を受け、藩内の武運長久、五穀豊穣、万民豊楽を祈願する寺院として開創しました。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第二十九番札所 興雲山 海岸寺

静かなお寺で、大師堂には九州で有数の大きなお大師様が迎えてくれます。醍醐の教えである「実修実証」を守り、厄除や交通安全、水子供養等の各種の祈願を修す山伏の寺です。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第二十八番札所 高野山 興山寺

興山寺の歴史は真言宗総本山高野山から始まっています。木喰応其上人は、青厳寺と興山寺を創建し、その後、二寺は併合され真言宗の総本山の金剛峰寺となり、由緒ある興山寺の名前が消えることを惜しんだ山縣玄浄僧正が、臼杵の地で再興されたのが現在の興山寺です。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第二十七番札所 有智(うち)山 蓮城寺

三重町から宮崎県北川町に通じる国道326号(日向街道)沿いの三国峠に入る山すその静かな内山地区に蓮城寺(れんじょうじ)はあります。本尊千手観音にちなみ通称「内山観音」と言われています。
九州八十八ヶ所百八霊場

タイトル:九州八十八ヶ所百八霊場 第二十六番札所 摩尼(まに)山 福寿院

豊後府内藩が成立したのは文禄3年(1594年)将軍徳川家綱の命を受け松平忠昭が万治元年(1658年)6代目府内城主として転封したため、松平家の祈願所であった福寿院も城内三の丸に移されました。府内藩築城工事については「人柱伝説」があります。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第二十五番札所 洗心山 金剛頂寺

別府北浜の温泉街の程近くにある寺院で、元高野山管長の津田実雄和尚のもとで修行した松本覚陞和尚が四国八十八ヶ所霊場を遍路した後、大正年間にこの地に創建されました。 別府西国三十三ヵ所観音霊場も覚陞和尚の開創で、当寺が一番札所となっております。
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