九州八十八ヶ所百八霊場 第三十一番札所 大圓山 龍仙寺

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九州八十八ヶ所百八霊場
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九州八十八ヶ所百八霊場 第三十一番札所 大圓山 龍仙寺

今から約400年前、大和国より訪れた谷山覚衛門により、修験の道場として開かれました。本尊に鎌持ち大黒天(右手に鎌を持つ)、荼吉尼天を安置し、農家の方の篤い信仰を受け、また藩主の祈願所として加持祈祷に専念したものと聞いています。 現在でも修験の教えは着々と受け継がれ法螺貝の心地よい音色が、森林に響き渡っております。
九州八十八か所百八霊場~九州を周る「心巡り」の旅~より

『概略』

大圓(だいえん)山 龍仙寺
(御朱印)

創建

開山 文禄年間 1616年 修験道場 明實院 谷山覚衛門
天保10年 現在地に移転
明治 龍仙寺の称号を得る 十八世住職 谷山明實師

宗派

真言宗醍醐派

ご本尊

十一面観音立像(九州八十八ヶ所百八霊場ご本尊)
(お御影)

ご真言

おん まか きゃろにきゃ そわか
(おん ろけいじばら きりく そわか)

十一面観音について

苦しんでいる人をすぐに見つけるために頭の上に11の顔があり、全方向を見守っています。またそれぞれの顔は人々をなだめたり怒ったり、励ましてくれたりするといわれています。十種勝利(現世利益)と四種果報(死後成仏)という様々なご利益があり、千手観音菩薩と並んで人気の高い観音である。六観音の1つに数えられ、修羅道に迷う人々を救います
奈良時代から多く信仰されるようになり、延命、病気治療などを願って多く祀られるようになりました。
ちなみに頭上面のうち前3面を菩薩面、左3面を瞋怒面、右3面を狗牙上出面(くげじょうしゅつめん)、うしろ1面を大笑面といい、頂上に仏面を配して11面です。中には本面とあわせて11面となる場合もあります。また11面の配列が異なる場合もあります。 大笑面は、悪行を大笑いして改心させ、善の道に向かわせるといわれています。

住所・連絡先

宮崎県延岡市西階町1-4211 TEL 0982-35-8189
(地図)

アクセス

JR日豊本線延岡駅から宮崎交通バス西階行、運動公園下車。徒歩5分
国道10号線を南下し、延岡大橋の手前を右折、祇園町を左折、中央通を右折。西階運動公園を過ぎた左手の小高い丘の中。
門前に駐車場あり

ご詠歌

み仏の 慈悲の手綱に導かれ 詣る日向路 み心の寺

前身は修験道場であり、藩主祈願所の「明實院」(第三十一番 龍仙寺)

縁起をたどると文禄年間に大和国から当時の領主、土持氏の兵法指南役として招かれた谷山覚右衛門により修験道場の明實院として開山され、本尊に鎌持大黒天茶吉尼天を安置しました。
その後藩主祈願所として現在地である西階城東の砦跡に移転し、多くの支坊も有し隆盛を極めましたが、明治の廃仏毀釈で廃寺寸前まで衰微しました。
しかし時の住職、十八世谷山明實師によって岡山県津山市にあった龍仙寺の称号を受けて再興されました。

本尊は十一面観音を安置し、脇侍に不動尊と弘法大師、そして明實院時代の大黒天と茶吉尼天を鎮守としました。

境内に入ると左手に入母屋造の本堂があります。
本尊十一面観音は通常は秘仏とされているため直接拝することは出来ませんでしたが、毎年5月第3日曜日には開扉されるそうです。

ちなみに本堂内の大黒天は手に鎌を持つ珍しい像で農家の信仰なのか、鎌で悪を断ち切るという意味なのか定かではありませんが、延岡七福神の一つとなっています。

南無大師遍照金剛

本堂向かいには稲荷堂があり茶吉尼天が祀られています。
茶吉尼天はインドの神様で、人肉を食べていたと恐れられていましたが、仏教に取り入れられ仏法守護の神様となりました。
さらに茶吉尼天は狐に乗ることから稲荷神と同体とされています。
この稲荷堂は野田山稲荷とも呼ばれています。

九州八十八ヶ所百八霊場 第三十二番札所 万寿山 光明寺

次回は第三十二番札所「万寿山 光明寺」をお伝えしていきます。

願ねがわくは
この功徳くどくをもってあまねく一切いっさいに及およぼし
われらと衆生しゅうじょうと
みなともに仏道ぶつどうを成じょうぜんことを 合掌

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