お遍路まさ

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九州三十三観音霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第八十八番番札所並びに第百八番札所 屏風山 鎮国寺並びに奥の院

大同元年(806年)に唐より帰朝した弘法大師は、先ず宗像大社に礼参されました。その時、屏風山に瑞雲棚引くのを見られ、奥の院岩窟にて修法され、「この地こそ鎮護国家の根本道場たるべき霊地」とのお告げを受け、一宇を建立し屏風山鎮国寺と号しました。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場百六番札所 二上山 眞光院

眞光院は大正年間、福岡県篠栗に開創後に福岡市簀子町に移り、さらに平成元年、糸島に移転しました。移築に際し「因縁転化の道場」として大随求菩薩を御本尊にお迎えし、鎮守として清瀧大権現をお祀りしています。また伝説のお綱大明神も奉安しています。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第百五番札所 鎮西高野山 金剛寺

金剛寺はJR唐津線の岩屋駅からほど近くの田園地帯にあり、上松浦の要であった獅子ヶ城の守り本尊として伝えられていた別名を厄除け千躰大師と称する尊像を城主鶴田氏衰退後、明治30年3月縁あって大師堂を建立し安置されたのが始めと伝わっています。
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九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第百四番札所 黒髪山 大智院

黒髪山大智院は大同元年(806年)弘法大師により現在の武雄山内にそびえる霊峰黒髪山上に肥前地方としては最初に開創されました。明治11年に大火災により伽藍を消失してしまいましたが、法灯は護持され明治39年に佐世保の地に移転し復興が始まりました。
九州三十三観音霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第百三番札所 姑射山 大定寺

嬉野温泉郷に近く、肥前吉田焼の窯元が連なる吉田の町に甍を並べる大定寺は慶長年間に藩主鍋島直純が開山、権大僧都阿金和尚を迎え創建されたと伝えられ、鍋島藩の祈願寺として栄えました。境内には大きな楠の古木がそびえ、新旧さまざまな石仏が並んでいます。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第百二番札所 遍照山 光明寺

光明寺は「南無薬師諸病疾除の瑠璃の寺肥前湯の町尽きぬことなし」とご詠歌に歌われている様に温泉の守護として土地の人々に見守られながら今日に至っています。境内や参道には多くの石仏が手作りの赤い胸当てを掛けてお参りの方々を暖かく迎えています。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第百一番札所 成田山 大勝寺

大勝寺は千葉県成田市の成田山新勝寺が本山で、その大本山の御本尊南無大日大聖不動明王(弘法大師一刀三礼謹刻開眼)の分身がご本尊です。1972年、九州のほぼ中央に位置し眼下に有明海が広がるこの地に開創し、九州一円の信徒の心の寄り処となっています。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第百番札所 護国山 金剛乗寺

金剛乗寺は天長2年(825年)弘法大師の開基にて「西の高野」と称され、当時は大伽藍を構えていました。文明5年(1473年)山鹿の温泉涸渇の折、中興宥明法印が、祈祷により温泉を復活させたのを祝って、山鹿の温泉祭が始められたそうです。 また、法印供養法要の際、山鹿庶民の献じた紙灯篭が灯篭祭の始まりとされています。
九州三十六不動尊霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第九十九番札所 青井山 高野寺

青井山高野寺は国宝「青井阿蘇神社」の門前にお寺を構えています。大正15年、初代良戒大和尚により開山されました。当時から「お大師さん」や「こうやさん」と 呼ばれ、皆様に親しまれているお寺です。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第九十八番札所 千光山 生善院

生善院は通称「猫寺」と呼ばれ、寛永2年(1625年)謀反の疑いで非業の死をとげた普門寺第5代住職盛譽法印と後を追って死んだその母玖月善女、そして化け猫と化した愛猫「玉垂」を祀るために人吉藩主相良長毎公により建立されました。
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