沖縄のお盆は旧暦で行われます

風物詩
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日本全国では旧暦でお盆を行う所は少なくなりましたが、沖縄では今でも旧暦を用いる三大行事(旧正月・清明祭・お盆)として脈々と続いています
日程だけではなく、風習も本土とはだいぶ違います
しかもその内容にも地域ごとに違いがあります。
この記事では、最大公約数的な基本と言われている内容でお話を進めていきたいと思います。

沖縄のお盆は3日間で2022年は8月10日(水)~8月12日(金)で、会社や商店などではお休みなるところもあります。
この時期に旅行などは、沖縄ではまず考えられないかもしれません。

一般的には沖縄のお盆のスタートは旧暦の7月7日の七夕(2022年は8月4日)の墓の掃除を兼ねた「墓参り」から始まります
沖縄では七夕と言えば、お墓に眠るご先祖様にお盆の到来を告げ、それに備えてお墓掃除をする日です。
土葬が一般的だった時代には、洗骨(シンクチ)という風習があり、土葬した遺骨を取り出して洗うことを言います。
旧暦の七夕は洗骨をしたり、お墓の修理や引越しをするのに適した日とされていました。

また沖縄では「むやみにお墓参りにいくものではない」とされてきたためシーミー(清明祭)やジュールクニチー(十六日)など、お墓参りが許される日に、親族こぞって墓前に集まり、故人を囲んで宴を楽しむ習慣があります。ただ、7月7日のお墓参りは家族のみで静かにお墓参りに行きます。

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ウンケー

お盆期間の1日目(2022年は8月10日)は「ウンケー」といい祖先の霊をお迎え火を焚いてお迎えする日です。
ウンケーの日は、朝、仏壇のお掃除をしながら、三日間の供え物や飾り物を整えます。
そのお供え物の中で沖縄独特のものといえば、ご先祖様の「」代わりや、お土産を持ち帰る時の天秤棒になる「グーサンウージ(サトウキビ)」と、「ガンシナ」と呼ばれるクバの葉を輪に編んだお土産を頭の上に乗せて持ち帰る時に使うものです。
ガンシナは、もともと一般の人たちがものを頭の上に乗せて運搬するときに日常的に使われていました。
お迎え火も本土のように「おがら」ではなく。ろうそくと線香を使います。
ちなみにこの時に使われる線香も沖縄独特の線香で「平御香(ひらうこう)」と呼ばれるものです。
平御香は黒色で平たく、割れやすいようにひとつひとつに筋が入っていて6本の線香が集まったもので、原料はお麩を作った後の残りの材料だそうです。

そしてご先祖様は夕方から帰ってくると言われているので、夕飯として「ウンケージューシー」といってお迎え用のジューシー(沖縄風炊き込みご飯)を用意します。

ナカビ、ナカヌヒー

2日目(2022年は8月11日)は「ナカビ、ナカヌヒー」といい、本家などの親せきにあいさつ回りする家庭も多いようです。
沖縄の旧盆ではナカビ(中日)には分家の人々が、家にトートーメーを祀っているムートゥーヤー(宗家/本家)を訪ねる日でもあります。
分家の人々は千円~3千円の手土産を携えて、ご先祖様に会いに行きます。

昼食としてソーメンやにゅうめんを食べますので、それを仏壇にもあげます。

ウークイ

そして3日目(2022年は8月12日)は夕方から仏壇に親族が集まり、この一年の出来事の報告をご先祖様に行い、最後に次のお盆までの生活のための糧として玄関前で打紙(うちかび)を燃やして、家族揃って祖先の霊をあの世にお見送りする旧盆行事でもっとも重要な「ウークイ」です。

ウンケーは夕方早々にご先祖様をお迎えしますが、ウークイは「ウンケーヤーヘーベトゥー(お迎えは早いうちに)、ウークイヤーヨンナー(お見送りはゆっくり)」と言われ、ご先祖様と宴を楽しんだ夜遅くに始めます。ただ、最近では遠くに住んでいる親族も多いこともあり、早々にウークイを始める家庭も増えているようです。

沖縄の行事の時には必ず登場するウサンミ(御三味)と呼ばれる重箱料理が食卓や仏壇に彩ります。

この重箱料理には豚の三枚肉の煮つけや魚の天ぷら、カステラかまぼこや揚げ豆腐、返し昆布や赤かまぼこ、さらに大根やゴボウを煮付けた料理が詰められています。家族や親族の絆を再確認しながら、料理を賑やかにいただいた後に、いよいよご先祖様を送る儀式に移ります。

一同が仏壇の前に集まり、改めてお参りし、ご先祖様があの世でお金に困らないようにと、あの世のお金と言われる「ウチカビ」を燃やします。沖縄では最近ウチカビを安全に燃やすために金属製のボールやトングをセットにしたものがホームセンターなどで売っています。

その火はお酒(もちろん泡盛)で消して、そのボールの中にウサンミ(御三味)や線香、お花などを入れて門口に持っていき、お線香を焚いてお見送りをして終了です。

エイサー

沖縄の旧盆の風物詩といえば、旧盆(ウークイ)の日を中心に辻々で踊られる「エイサー」は今や全国的に有名になりましたが、祖先の霊を送るため、若者たちが歌と囃子に合わせ、踊りながら地区の辻々を練り歩く沖縄県と鹿児島県奄美群島ではお盆の伝統芸能です。
地域によってはヤイサー、エンサー、七月舞(しちぐゎちもーい)、念仏廻り(にんぶちまーい)とも呼ばれます。
一言で「エイサー」と言ってもその形態はいくつかに分類されます。
現在ほとんどの青年会が、大太鼓、締め太鼓を中心とした「太鼓エイサー」で、沖縄県中部が最も盛んな地域と言われています。
そのような中でも旧与那城町、旧勝連町で見られるエイサーは「パーランクー」という方張りの太鼓を用いたエイサーがほとんどで、締め太鼓とは違った雰囲気を醸し出します。
また、太鼓を使わない「手踊りのみのエイサー」もあり、本島北部にいくつか存在するが、これがエイサーの最も古い形ではないかと言われています。

その名の由来は定かではありませんが、東北出身の袋中上人が1603年から3年間首里に滞在して浄土宗を布教したの浄土宗系念仏歌に挟まれる囃子の一つ「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」から来ているとされる説が有力だそうです。

結詞

いろんなことが〝本土化〟〝簡素化〟していくことには、少し寂しさも感じますが、それでも沖縄ではお盆の行事をとても大切にしています。
親戚一同で集まってご先祖様を大事に敬う文化を次の世代にも引き継いでいきたいものです。

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