5月3日は憲法記念日

風物詩
スポンサーリンク

いよいよ春の大型連休(ゴールデンウィーク)が始まりました。
昭和の日から始まり、憲法記念日、みどりの日、こどもの日と続いていきます。
今回は憲法記念日に焦点を当ててお伝えしていきます。

昭和の日(天皇誕生日)・みどりの日こどもの日については別記事としてアップしてありますのでご覧ください。

スポンサーリンク

5月3日は憲法記念日

憲法記念日は、日本の国民の祝日の一つで、祝日法では「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」ことを趣旨としています。

憲法記念日は「日本国憲法が施行された日
第二次世界大戦という激動の歴史を経て、日本は平和な国として発展してきました。その戦後に新しく制定されたのが、日本国憲法です。この日本国憲法は1947年(昭和22年)5月3日から施行されました。つまり5月3日の「憲法記念日」は、現在の日本国憲法が施行された日を祝って定められているのです。

では何故発布された11月3日ではないでしょうか。

当時の内閣法制局長官であった入江俊郎氏は、後にこの間の経緯について次のように記しています。

『日本国憲法成立の経緯原稿5』

『新憲法は昭和21年11月3日に公布された。 この公布の日については21年10月29日(枢密院の本会議において修正帝国憲法改正案が全会一致で可決され、憲法改正の内容に関わる手続を終えた日)の閣議でいろいろ論議があつた。公布の日は結局施行の日を確定することになるが、一体何日から新憲法を施行することがよかろうかというので、大体5月1日とすれば11月1日に公布することになる。併し5月1日はメーデーであつて、新憲法施行をこの日にえらぶことは実際上面白くない。では5月5日はどうか。これは節句の日で、日本人には覚えやすい日であるが、これは男子の節句で女子の節句でないということ、男女平等の新憲法としてはどうか。それとたんごの節句は武のまつりのいみがあるので戦争放棄の新憲法としてはどうであろうか。それでは5月3日ということにして、公布を11月3日にしたらどうか、公布を11月3日にするということは、閣議でも吉田総理、幣原国務相、木村法相、一松逓相等は賛成のようであつたが、明治節に公布するということ自体、司令部の思惑はどうかという一抹の不安もないでもなかつた。併し、結局施行日が5月1日も5月5日も適当でないということになれば、5月3日として、公布は自然11月3日となるということで、ゆく方針がきめられた。
公布の上諭文は10月29日の閣議で決定、10月30日のひるに吉田総理より上奏御裁可を得た。

では、入江氏が気にしていたGHQ司令部では、閣議における議論に先だって、GHQ民政局の内部では、「11月3日」は公布日として相応しくない旨を日本国政府に非公式に助言すべきであるとの意見もありました。また、対日理事会の中華民国代表も、ジョージ・アチソン対日理事会議長に書簡を送り、明治時代に日本が近隣諸国に対して2回の戦争を行ったことを挙げ、民主的な日本の基礎となる新憲法の公布を祝う相応しい日を選ぶよう日本政府を説得すべきであると主張しました。
しかし、アチソン議長は、その返信で、「11月3日」が公布日とされたことに特に意味はなく、日本政府の決定に介入することは望ましくないと書き送ったそうです。

このような双方の経緯で、日本国憲法は、1946年(昭和21年)の「11月3日」が公布、翌年の「5月3日」に施行日となりました。

日本国憲法の前文に書かれている三大原則

前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

現在の日本国憲法といえば、忘れてはならないのが次の三大原則です。

国民主権

主権とは、国を統治する権力のことです。憲法前文には「ここに主権が国民に存することを宣言し」と書かれています。
この「国民主権」の原則により、日本では、国民が政治の決定権を持っています。
それまでの「大日本帝国憲法」では、天皇が最高の地位にあり国を治めることができる「天皇主権」でした。しかし、政治のあり方やそれを実行する権力は国民にあるという「国民主権」に大きく変わったのです。天皇制から国民主権となったのは、戦後の日本にとって大きな変換点となりました。

基本的人権の尊重

基本的人権とは、人間が生まれながらにして持っている権利のこと。日本国民は誰もが平等に、人間らしく生きる権利があり、それを永久に保障するという考え方です。憲法前文では、「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢(けいたく)を確保し」の部分が当てはまります。

日本国憲法では、以下の五つを基本的人権として尊重するとしています。
自由権:身体・精神・経済活動の自由を認める権利
平等権:人種や身分などで差別されない権利
社会権:生活・教育・労働に関する権利
参政権:選挙権及び被選挙権
請求権:損害賠償請求や裁判を受ける権利

大日本帝国憲法にも基本的人権の保障はありましたが、「法律の範囲内」という制限が設けられていました。
日本国憲法では制限を「法律の範囲内」から「公共の福祉」へと広げたうえで、基本的人権のあり方を定めています。「公共の福祉」とは、社会全体に共通する利益のことです。

平和主義

前文において、「再び戦争の惨禍(さんか)が起(おこ)ることのないやうにすることを決意し」や「日本国民は、恒久の平和を念願し」の部分で表現されています。
そして日本国憲法第9条には、以下のように書かれています。

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を定めるのが、日本国憲法第9条
第二次世界大戦で原爆投下など甚大な被害を受けた日本では、外国との争いが起きても戦争は行わず平和的に解決するという考えが生まれ、戦争放棄を憲法で宣言しました。ただ最近の国際情勢を受けて、自衛権との関係を含め、この憲法第9条の改正案について度々議論が行われています。

結詞

余談になりますが、日本では毎年4月末から5月初めにかけての休日が多い期間のことをゴールデンウィークと言い、春の大型連休、黄金週間(おうごんしゅうかん)とも呼ばれています。

その名称の由来は、映画会社の大映が松竹と競作して1951年(昭和26年)に同時上映となった『自由学校』が、大映創設以来の大ヒットを記録し、正月映画やお盆映画以上の興行成績を残したことで、この時期に観客を多数動員出来る対策を投入して、活性化させることを目的に、当時の大映常務取締役であった松山英夫氏によって作成された和製英語の宣伝用語です。その後一般にも使用されるようになり、徐々に他の業界にも広まっていきました。

一方でNHKなどは「ゴールデンウィーク」という言葉が映画業界用語だったことやゴールデンウィークという言葉を商標登録している会社もあることから、NHKで禁止されている業界の宣伝「放送法第83条(広告放送禁止規定)」に抵触することや、ゴールデン“ウィーク”なのに、一週間以上連休が続く場合がある、また連休ムードに対して不快感を抱く視聴者(経済状況や業種などの理由で休めない人も多い)もいることや文字数が多く表記の際に困るなどの理由により「(春の)大型連休」という表現で統一しているそうです。

さて「憲法記念日」といっても、普段はゴールデンウィークの一祝日として、何気なく終わってしまう日になるかもしれません。
しかし5月1日から7日は「憲法週間」ともなっています。
憲法記念日をきっかけに戦争があったことなど、日本の歴史について考えてみたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました