九州八十八ヶ所百八霊場 第八十番札所 吉原山 鶴林寺

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九州三十三観音霊場
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鶴林寺のご本尊は薬師如来・子安弘法大師を安置し、安産、子育ての加持祈祷の寺として信者に知られ、境内は不動明王、十三仏を配置し、地元では「子安さん」として知られている寺です。山号は寄進した土地所有者の吉原氏の功徳を称しています。

『概略』

吉原山 鶴林寺

創建

昭和22年(1947年) 松井 宝掌 師

別称

子安大師・吉原山

宗派

真言宗御室派

ご本尊

薬師如来坐像(九州八十八ヶ所百八霊場ご本尊)

ご真言

おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

薬師如来について

薬師如来は、正しくは薬師瑠璃光如来といいます。
日光菩薩、月光菩薩の脇士と十二神将が一体となって、仏の心「慈悲の心」を表しています。即ち、私たちの病気の苦しみを除いて、安楽を与えてくださる現世利益の「ほとけさま」です。
薬師如来が説法している時の手の相(印相)、右手は施無畏印で、わたしたちの色々と恐れおじる心を取り除き、安心させてくれるサインです。
痛いところへすぐ右手が飛びます。これが「手当て」です。手の指には仏の世界でいう仏の名があり、薬指が薬師如来です。施無畏印で薬指を少し前に出すことで薬師如来を象徴しています。

左手は与願印で、平安時代以後の薬師如来は薬壷を持っておられます。
くすりつぼは、人の寿命を延ばす意味をもつといいます。現代人は薬によって病気が治ると頼りがちでありますが、病気を治すのは、私たちの体内にある自然治癒力が最も肝心です。

医療や薬品は、その自然治癒力を高め、援助する役割を持つのであります。「病は気から」とも言います。この治すという「気力」をバックアップしてくれるのが、お薬師様です。
私たちが病気になったとき、その病気をおそれず、医薬の効果を高め、強く生きる力を与えてくださいます。その上に、「病気の善用」も諭していただけるのです。
お薬師信仰を深めることは、健康で、病気を苦にすることなく、安楽で、幸せな日暮らしが期待できるのです。

病の苦しみを救う、寿命を延ばす、そして貧困からの救済等々十二の大願を成就して如来となられた仏様です。
尊像は病気平癒や延命を願って作られたものが多いため、左手に万病に効く薬が入っている薬壺(やっこ)をお持ちになっておられます。
また薬師像は三尊像としてお祀りされることも多く、その際は脇侍に日光・月光菩薩の二尊が従われることが多く、さらに眷属として十二神将も従えることもあります。

薬師の十二大願

1.光明普照
 自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く
2.随意成弁
 仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる
3.施無尽物
 仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す
4.安立大乗 
世の外道を正し、衆生を仏道へと導く
5.具戒清浄
 戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける
6.諸根具足
 生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす
7.除病安楽 
困窮や苦悩を除き払えるよう援ける
8.転女得仏
 成仏するために男性への転生を望む女性を援ける
9.安立正見
 一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける
10.苦悩解脱
 重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける
11.飽食安楽
 著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く
12.美衣満足
 困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す

日光菩薩・月光菩薩

この二尊はそれぞれ単独で信仰されることはありません。
常にペアで薬師如来様をお護りされています。
通常は向かって右側(左脇侍)に日光菩薩左側(右脇侍)に月光菩薩が左右対称に配されています。
日光菩薩は日光遍照とも呼ばれ、千の光を放ち天下を照らし衆生を救済するお役目があります。一方、月光菩薩は月光遍照とも呼ばれ、薬師如来様の正しい教えを守るお役目を担っておられます。
両菩薩ともに衆生の不安や苦しみ、謂わば闇の部分に昼夜分かたずひかりを照らしておられます。
その象徴として、日光菩薩は太陽・日輪月光菩薩は月・月輪を手にした蓮華にのせられています。(宝冠に太陽、月を表す場合もあります)

日光菩薩 ご真言

おん そりや はらばや そわか

月光菩薩 ご真言

おん せんだら はらばや そわか

十二神将

薬師如来様に付き従うガードマン的存在の一団です。
と同時に経典を読む人々を守るという役目も担われています。
十二神将は、薬師如来の十二の大願に応じて、それぞれが昼夜の十二の時、十二の月、または十二の方角を守るといわれています。そのため中国や日本では十二支が充てられています。その割り当てには解釈の違いによって諸説ありますのでご注意ください。当ブログでは混乱を避ける意味から、敢えて割り当てられた十二支は省かせていただいております。
平安時代以降、頭上に標識として干支の動物を掲げている像が一般化され、十二支の彫刻がないものを古様、あるものを新様といいます。
さらに十二神将にはそれぞれ如来・菩薩・明王が化身されたものと言われています。

十二神将とご真言

宮毘羅大将(金毘羅童子、宮比羅)(くびらたいしょう)
   おん くびら そわか

伐折羅大将(金剛力士)(ばさらたいしょう)
   おん ばさら そわか

迷企羅大将(めきらたいしょう)
   おん めきら そわか

安底羅大将(あんてらたいしょう)
   おん あんて(ち)ら そわか

頞儞羅大将(あんにらたいしょう)
   おん あんにら そわか

珊底羅大将(さんていらたいしょう)
   おん さんて(ち)ら そわか

因達羅大将(帝釈天)(いんだらたいしょう)
   おん いんだら そわか

波夷羅大将 (はいらたいしょう)
   おん はいら そわか

摩虎羅大将(まこらたいしょう)
   おん まこら そわか

真達羅大将(緊那羅)(しんだらたいしょう)
   おん しんだら そわか

招杜羅大将 (しょうとらたいしょう)
   おん しょうとら そわか

毘羯羅大将(びからたいしょう)
   おん びから そわか

住所・連絡先

佐賀県唐津市和多田百人町3-88 TEL 0956-74-0145
(地図)

アクセス

JR筑肥線和多田駅から徒歩10分
国道202号線の和多田交差点を右へ、線路を過ぎてコミニュティーセンターを右折する
境内裏に駐車場あり

ご詠歌

あなとうと 子安大師の ご利益を 受けし生子(うぶこ)の 声ぞ勇まし

他の霊場札所

九州三十三観音霊場第三十一番札所

霊場ご本尊・本堂前 聖観世音菩薩

きてみれば ここにも月の 吉原や 子安のちかい うつる尊さ

ご真言

おん あろりきゃ そわか

子供の成長を守る寺(第八十番 鶴林寺)

唐津は古より大陸との海洋交通の拠点でした。
ユネスコ無形文化遺産に登録された「唐津くんち」で有名な唐津市の玄界灘を望む高台に「鶴林寺」は伽藍を構えています。

鶴林寺の前身は大正13年(1924年)子安大師として篤く信仰されていた四国八十八ヶ所第六十一番札所の「香園(こうおん)寺」の唐津在住の熱心な願いによって子安大師講唐津支部の発足がその始まりと言われています。
その支部に香園寺の山岡瑞圓師の命を受けて、松井宝掌師が昭和9年(1934年)に赴任されました。
そして寺号を「鶴林寺」として昭和22年(1947年)開山されました。

当時、唐津には鉱山博士として名を馳せた吉原政道氏が松井宝掌師の活動に深く賛同し、唐津を離れる折に現在地である所有地を寄進し、鶴林寺は移転してきました。
その吉原氏の功績を称えて、山号を「吉原山」と号するようになったそうです。

地元では「子安さん」として篤く信仰をあつめ、正式名称の鶴林寺ではなく「子安大師」でないとわからない地元の方も多いそうです。

石段を上りきったところに庫裡を兼ねた信徒会館があり、その右手のゆるやかな宝形造の二重屋根で向排がつく凝った建物が本堂です。
本堂の扁額には大きく「子安大師」と書かれています。

堂内にはご本尊の薬師如来立像をはじめ、修行姿で子供を抱いたお大師さま(子安大師)が安置されています。
同じお姿の石像は境内にも立っておられます。
今でも子供の成長を守護するお寺として信仰をあつめています。

本堂前には立派な「ぼけ封じ観音」立っていて、ぼけ封じ三十三観音霊場第二十八番、九州三十三観音霊場第三十一番札所となっています。

南無大師遍照金剛

鶴林寺に参拝した折には、本堂の天井にも是非注目していただきたい。
四国八十八ヶ所霊場のご本尊が、一体一体すべて描かれています。
境内に石仏を配するお寺は多いですが、鶴林寺のような例は全国的にも珍しいそうです。

次回は九州八十八ヶ所百八霊場第八十一番札所「中台山 大聖院」をお伝えします。

願ねがわくは
この功徳くどくをもってあまねく一切いっさいに及およぼし
われらと衆生しゅうじょうと
みなともに仏道ぶつどうを成じょうぜんことを 合掌

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