九州八十八ヶ所百八霊場 第二十番札所 桔梗山 三明院

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九州三十三観音霊場
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弘法大師ご入定1150年を契機として仏門に帰依した現住職の古梶英明和尚が開山。
英明和尚は宮島弥山に50日間五穀断ちの「求聞持秘法」という真言密教の究極を極める行に挑み、艱難辛苦に耐えてこれを成満した際、生家である現在の地に大観音の光明がさし、八十八体の弘法大師の並ぶ夢告を得て以来、秘鍵大師を勧請し、自然林の中に八十八体の大師像を配置し、お砂踏み霊場を建立しました。
実質の本堂である護摩堂には、英明和尚の実父・実夫氏が脳溢血で倒れたとき、既に心臓も停止していた体を和尚の修法中、不動明王自身が二つに割れて実父の生命を復活させたことから身代わり不動として信仰を集めています。
現在、境内は四千坪の敷地があり、そこには師の祈りを彷彿させる堂宇が幾つか建立されています。
ひたすら弘法大師の教えを実践する寺風が感じられるお寺です。
九州八十八か所百八霊場~九州を周る「心巡り」の旅~より

『概略』

桔梗山 三明院
(御朱印)

創建

1983年(昭和58年) 古梶英明 和尚

宗派

真言宗 大覚寺派

ご本尊

不動明王立像(九州八十八ヶ所百八霊場ご本尊)
(お御影)

ご真言

のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろ しやだ そわたや うんたらた かんまん

不動明王について

不動明王は、密教の教主、大日如来が衆生教化のため変身した明王の中では最高位の仏様です。
普段は柔和な大日如来が、優しさだけでは通用しない人々を救済するために、あえて怒りの形相をしています。
邪悪な相手には徹底的に厳しく、人が間違った道へ進もうとした時には、正しい道へと戻れるように諭してくれる存在です。
迷いの世界から煩悩を絶ちきり、仏の道を教えてくれる尊い存在なのです。

空海が日本にもたらした最初のお姿は両目を見開く恐ろしい形相で、おさげ髪のお姿でした。その後19世紀になると、「不動十九観」が定められ左目をやや閉じ、右目を開ける天地眼、上唇を下歯で噛み下唇を上歯で噛むといった特徴となりました。
そして倶利伽羅剣という宝剣と悪い心を縛り上げることにより、善き心を呼び起こさせるための羂索と呼ばれる網をもっておられます。
さらに背後には炎が立ち上げる火焔光背があります。

住所・連絡先

大分県中津市大字永添1802 TEL 0979-24-3021
(地図)

アクセス

JR日豊本線中津駅下車、大分交通バス。大貞車庫行き、上永添下車。
または、野路行き、古城の坂下車。
徒歩5分
車の場合は、中津駅方面より国道212号線を南下、新万田交差点を左折、寺標を左折。
境内に駐車可

ご詠歌

三明の 光さやけき 今の世に 生きて覚(さと)る道なり

他の霊場札所

九州三十三観音霊場第十一番

霊場ご本尊・護摩堂前
ご真言 おん あろりきゃ そわか
(御朱印)

九州三十六不動尊霊場第八番

霊場ご本尊・護摩堂内、身代わり末広不動尊
ご真言 のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろ しやだ そわたや うんたらた かんまん
(御朱印)

(色紙)

田園風景の中に佇む(第二十番 三明院)

開山の古梶栄明和尚は、学生の頃より真言密教に惹かれ、若くして仏の道を志し、京都の大覚寺門跡で学んでおられました。

西国三十三ヶ所第二十三番勝尾寺に参籠した時、実父が病に倒れたことを霊示によって知り、急遽、永添に戻ったが、実父は脳出血で心肺停止状態だったそうです。英明和尚は持仏の不動尊に祈願したところ、掛け軸の不動尊が突如ふたつに裂け、と同時に父が奇跡的に命をとりとめました。
以来、身代わり末広不動尊と呼ばれるようになったそうです。

また、英明和尚が日本三景のひとつである安芸の宮島の霊峰・弥山(みせん)に籠もって、五十日間の虚空蔵求聞持法の満願成就の日、はるか永添の空に紫雲がたなびき、咲き乱れる桔梗の中に弘法大師が坐しているのを感得したということに山号は由来しているそうです。
そのため、境内には多くの桔梗が植えられています。

弘法大師入定一千百五十年御遠忌を前にして、開山の古梶英明和尚はふるさとのこの地に建立したのが、三明院の始まりだそうです。

境内に入ると一番先に眼に飛び込んでくるのは、法隆寺の夢殿を創造させる八角の美しいお堂。
以前は「阿字観道場」としても使われていましたが、虚空蔵求聞持法を納めるお堂で、柱は朱塗り、屋根には燦然と輝く金色の相輪を持つ素晴らしいお堂です。

その隣に、寄棟造に向拝を付けた護摩堂が建っています。
ここにご本尊の不動明王が安置されていて、三間五間と小ぶりなたたずまいではありますが、事実上の本堂となっています。
本尊の不動尊は、九州三十六不動第八番であり、その他にも宇佐七福神のひとつにもなっている「毘沙門天」や嵯峨大覚寺の秘仏であり秘鍵大師の御分霊十一面千手観世音菩薩立像歓喜天(秘仏)などがお祀りされています。
また護摩堂の前には、ぼけ封じ観音が建ち、こちらもぼけ封じ三十三観音第二十五番であり、九州三十三観音第十一番ともなっています。

護摩堂の背後には、宝形造の大師堂があり、周囲に四国八十八ヶ所の石仏がお祀りされていて、通常多くの寺院ではそれぞれの御本尊の石像が置かれていますが、三明院では、そのすべてが弘法大師の石像で、弘法大師の世界が展開されています。
おそらくこの光景こそが「求聞持法」完遂時に感得した光景だったのでしょう。
境内には広い空き地があり、いずれここに本堂が立つ計画だそうで、ますます信仰を集めるお寺になっていくことだろうと感じられました。

南無大師遍照金剛

虚空蔵求聞持法とは、真言密教で、虚空蔵菩薩を本尊として修する荒行で、、記憶力を増大するための修法で、一定期間のうちに虚空蔵菩薩の真言「のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか」を決められた作法に則って百万遍唱えることにより、記憶力を増大させる方法だそうです。

一日中堂に籠って真言を唱え続け、しかもその数を数えながら唱え続けるのですから、とにかく集中することが大切なのだそうです。
実際の修行では、途中で数が分からなくなってしまってやり直すこともあるそうです。

この修行法を成満した者はあらゆる経典を瞬時に理解して記憶する能力が得られるという修行法とも言われ、膨大な量の経典を記憶するための修行として知られているのですが、満願成就することが大変に困難で、一歩間違えば発狂、死と隣り合わせの荒行だそうです。
さらに虚空蔵求聞持法は何が起こっても途中で絶対に止めてはいけないという荒行で、常に短刀を準備しておいて、止めるのなら切腹という覚悟も必要ですから、挑戦したけれど気が狂ってしまって廃人になってしまったということもあるそうです。

弘法大師空海も若い時に大学を飛び出して求道の道を歩む途上、高知の室戸岬の洞窟「御厨人窟」に籠もって虚空蔵求聞持法を修し「明けの明星である金星が口の中に飛び込んでくる」という不思議な体験をしたという話は有名です。
明けの明星が口の中に飛び込んでくるという体験こそが虚空蔵求聞持法の真髄であり、明けの明星は虚空蔵菩薩の化身とされて、この体験こそ虚空蔵菩薩と一体化した瞬間であり、轟音がして明星が飛来して、体が爆発して粉々に飛んでいくような物凄い体験なのだそうです。

次回は第二十一番札所「八面山 神護寺」をお伝えしていきます。

願ねがわくは
この功徳くどくをもってあまねく一切いっさいに及およぼし
われらと衆生しゅうじょうと
みなともに仏道ぶつどうを成じょうぜんことを 合掌

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