九州四十九院薬師霊場

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九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第八番札所 金光明山 国分寺

豊前国分寺は天平13年(741年)、聖武天皇が天下泰平と鎮護国家の祈願を込め建立を命じた寺院で、全国68箇所(66国と2島)に建立された「国分寺」の一つであり、境内地は、昭和51年(1976年)に国指定史跡に指定されています。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第七番札所 内尾山 相円寺

相円寺の御本尊の薬師如来は、行基作と伝えられている高さ272cmの木造坐像です。山の上の鍾乳洞の中の本堂に安置されています。本堂までは殿川ダム脇の参道を歩き、250余段の石段を登らなければならず、九州四十九院薬師霊場の中で最も難所だと言われています。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第六番札所 広寿山 福聚寺

第六番札所の広寿山福聚寺は北九州市小倉北区足立の自然豊かな場所にある黄檗宗(おうばくしゅう)という宗派の古刹です。秋には紅葉を見に観光客で溢れます。御本尊は「釈迦牟尼仏坐像」で、薬師霊場のご本尊が「薬師瑠璃光如来坐像」です。
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九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第五番札所 右芳山 薬師院

薬師院は鞍手の町が一望できる荒五郎山の中腹にあります。創建は山口県の豊浦の里に願成院と称していたそうで、その後、安土桃山時代に当地に移転してきたと伝わっています。しかし、資料がないため、確かな縁起は定かではありません。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四番札所 東照山 種因寺

弘仁元年(810年)伝教大師最澄の開基。ご本尊に薬師如来を安置し、伝教大師が謹刻した七仏薬師の一つであると伝わっています。種因寺の薬師如来は厨子入り秘仏で5年の一度の御開帳です。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第三番札所 白馬(はくば)山 安国寺

暦応2年(1339年)足利尊氏が夢窓国師の勧めにより、南北朝の戦いに殉じた戦歿者の霊を弔うため、全国に建立した安国寺・利生塔(一国一寺一塔)の一つです。当初は、七堂伽藍を構えたが、文安元年(1444年)兵火により焼失。文明2年(1470年)再建。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第一番札所 龍頭光(りゅうとうこう)山 筑前 国分寺

奈良時代、天平13年(741年)聖武天皇は、国ごとに国分寺と国分尼寺の建立を命じられました。この一連の流れに従い、当寺も、筑前の国の国分寺として創立されました。当初は絢燭豪華を極める大寺院で、その広大さは現在境内にのこる大きな柱の礎石にうかがい知ることができます。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第九番札所 金剛山 長安寺

長安寺は、養老2年(718年)に仁聞菩薩(にんもんぼさつ)により開かれたと伝えられる天台宗のお寺です。昔の繁栄を偲ばせる「太郎天像」や「二童子立像」、「銅板法華経」など国の重要文化財が保管されています。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第二十七番札所 有智(うち)山 蓮城寺

三重町から宮崎県北川町に通じる国道326号(日向街道)沿いの三国峠に入る山すその静かな内山地区に蓮城寺(れんじょうじ)はあります。本尊千手観音にちなみ通称「内山観音」と言われています。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第八番札所 遍照山 隆照寺

宇美町は博多のベッドタウンとして発展を続けています。地名の語源は、神功皇后が三韓出兵から帰国後、この地で応神天皇を産んだ伝説に由来すると言われています。隆照寺の歴史は弘隆和尚が、昭和43年に建立、お寺は四王寺山の麓にあり向かいには若杉山望みます。
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