九州四十九院薬師霊場

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九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十五番札所 瑞雲山 龍興寺

龍興寺の創建は延文3年(1358年)、七代大友氏泰が大野川を遡った川添村に大友氏の祈願所として建立し、高獄禅師を招いて開山されました。一旦衰微したのち、元禄元年(1688年)に湛堂和尚が堂宇を再建、師の柏翁祖棟を迎えて中興開山しました。
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九州四十九院薬師霊場 第十四番札所 宝劒山 神護寺

神護寺のはじまりは大永7年(1527年)、僧・中栄によって創建され、山岳信仰に篤い豊後地方で修験者の道場として栄えていました。天保3年(1832年)に四国八十八ヶ所の本尊を勧請し、高城観音の分霊を迎えるなどして勢いが盛んでした。
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九州四十九院薬師霊場 第十三番札所 本宮山 大山寺

長暦2年(1038年)、長珍和尚が開基したとされる大山寺は、柞原(ゆすはら)宮師金蔵院歴代の菩提寺です。国指定重要文化財である普賢延命菩薩坐像は作風から平安時代に作られたと推定されていますが、一説には最澄・伝教大師の作と伝えられています。
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九州四十九院薬師霊場 第十二番札所 清寧山 観海寺

観海寺の歴史は千有余年続いたとされ、その間に何度も兵火に罹り、明治維新の後には廃寺となりました。現在の観海寺は昭和13年(1938年)に高階瓏仙禅師が再興開山し、上田寧によって中興開基されたもので、禅宗系曹洞宗となっています。
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タイトル:九州四十九院薬師霊場 第十一番札所 桧原山 正平寺

寺記によれば、崇竣天皇御即位元年(587年)百済の国僧・正覚上人が来朝し、初め犬(院)ヶ岳に大窟山長福寺を開基し、その後に桧原山に移し一寺を建立したのが正平寺の開創だそうです。
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九州四十九院薬師霊場 第十番札所 石立山 岩戸寺

養老3年(719年)に仁聞菩薩にんもんぼさつの開創と伝えられる。 全盛時には、山6坊、里6坊の12坊を有し、六郷満山の中でも民衆教化・布教の地として重要な地位にあったといわれています。
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九州四十九院薬師霊場 第八番札所 金光明山 国分寺

豊前国分寺は天平13年(741年)、聖武天皇が天下泰平と鎮護国家の祈願を込め建立を命じた寺院で、全国68箇所(66国と2島)に建立された「国分寺」の一つであり、境内地は、昭和51年(1976年)に国指定史跡に指定されています。
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九州四十九院薬師霊場 第七番札所 内尾山 相円寺

相円寺の御本尊の薬師如来は、行基作と伝えられている高さ272cmの木造坐像です。山の上の鍾乳洞の中の本堂に安置されています。本堂までは殿川ダム脇の参道を歩き、250余段の石段を登らなければならず、九州四十九院薬師霊場の中で最も難所だと言われています。
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九州四十九院薬師霊場 第六番札所 広寿山 福聚寺

第六番札所の広寿山福聚寺は北九州市小倉北区足立の自然豊かな場所にある黄檗宗(おうばくしゅう)という宗派の古刹です。秋には紅葉を見に観光客で溢れます。御本尊は「釈迦牟尼仏坐像」で、薬師霊場のご本尊が「薬師瑠璃光如来坐像」です。
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九州四十九院薬師霊場 第五番札所 右芳山 薬師院

薬師院は鞍手の町が一望できる荒五郎山の中腹にあります。創建は山口県の豊浦の里に願成院と称していたそうで、その後、安土桃山時代に当地に移転してきたと伝わっています。しかし、資料がないため、確かな縁起は定かではありません。
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