九州三十六不動尊霊場 第二十番札所 大梁山 大慈寺

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九州三十六不動尊霊場
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大慈寺だいじじ)は熊本市にある曹洞宗の寺院。山号は大梁山だいりょうざん)で寺院近くの景色が、開山の寒巌義尹が学んだ中国明州の大慈山の風光に似通っていることから寺院の名をとり、寒巌が近くの大渡に長い橋を架けたことから山号をとりました。元九州本山として寒巌派の拠点となっていて、修行道場として僧堂があり、多くの僧侶が修行に訪れました。
ご本尊は釈迦牟尼仏。
開山の寒巌義尹が後鳥羽天皇(順徳天皇とも)の皇子であったため、朝廷との結びつきが深く紫衣を許可されました.
「大慈禅寺(だいじぜんじ)」の名でも知られています。

『概略』

大梁(だいりょう)山 大慈(だいじ)寺
(御朱印)

別称

大慈禅寺(だいじぜんじ)

創建

弘安元年(1278年) 寒巌義尹(かんがんぎいん)

宗派

曹洞宗

ご本尊

寺院ご本尊

釈迦牟尼仏

像高3.5mというスケールの寒巌禅師自刻の坐像です。

ご真言 のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

霊場ご本尊

不動明王立像
(お御影)

ご真言 なあまく さまんだあ ばさらなん せんだん まあかろしゃな そわたや うんたらたかんまん(天台系・修験道系)

不動明王について

不動明王は、密教の教主、大日如来が衆生教化のため変身した明王の中では最高位の仏様です。
普段は柔和な大日如来が、優しさだけでは通用しない人々を救済するために、あえて怒りの形相をしています。
邪悪な相手には徹底的に厳しく、人が間違った道へ進もうとした時には、正しい道へと戻れるように諭してくれる存在です。
迷いの世界から煩悩を絶ちきり、仏の道を教えてくれる尊い存在なのです。

空海が日本にもたらした最初のお姿は両目を見開く恐ろしい形相で、おさげ髪のお姿でした。その後19世紀になると、「不動十九観」が定められ左目をやや閉じ、右目を開ける天地眼、上唇を下歯で噛み下唇を上歯で噛むといった特徴となりました。
そして倶利伽羅剣という宝剣と悪い心を縛り上げることにより、善き心を呼び起こさせるための羂索と呼ばれる網をもっておられます。
さらに背後には炎が立ち上げる火焔光背があります。

不動十九観とは

不動明王を心に浮かべる時、その見た目の特徴を表すもので、これを満たしたものを心に描くと理想的な不動明王の姿が描ける考えられます。

1.大日如来の化身であること。
2.真言中に「ア」・「ロ」・「カン」・「マン」の四字があること。
3.常に火生三昧に住していること。
4.童子の姿を現わし、その身容が卑しく肥満であること。
5.髪の毛の上に七沙髻があること。
6.左に一弁髪を垂らすこと。
7.額に水波のようなしわがあること。
8.左の目を閉じ右の目を開くこと。
9.下の歯で右上の唇を噛み、左下の唇の外へ出すこと。
10.口を固く閉じること。
11.右手に剣をとること。
12.左手に羂索を持つこと。
13.行者の残食を食べること。
14.大磐石の上に安座すること。
15.色が醜く、青黒であること。
16.奮迅して忿怒であること。
17.光背に迦楼羅炎かるらえんがあること。
18.倶力迦羅竜くりからりゅうが剣にまとわりついていること。
19.矜羯羅童子と制多迦童子の二童子が侍していること。

住所・連絡先

熊本県熊本市野田1-7-1 TEL 096-357-9173
(地図)

アクセス

【電車】
JR鹿児島本線 川尻駅よりタクシーで約5分
【車】
九州自動車道 御船ICより約15分

駐車場あり 30台

ご詠歌

唐土(からつち)の 仏の慈悲に 願いおく
           彼岸を照らす 有明の月

曹洞宗の九州の拠点

開山の寒巌義尹(1217年~1300年)は、道元に参禅した曹洞宗の僧で、2度の入宋の後、博多の聖福寺を経て肥後に住しました。
地元の地頭河尻泰明は寒巌に帰依し、境内地を寄進して、弘安元年(1278年)、大慈寺が創建されました。
大慈寺は亀山法皇の勅願寺となり、正安2年(1300年)に本堂が完成しました。

寺宝としては、弘安10年の銘がある梵鐘(国指定重要文化財)や宝篋印塔などがあります。
宝篋印塔は、新補の高欄を巡らした高い基壇上に据えられています。
寒厳義尹が天皇家の落胤であったからか、正面に菊花紋が配されています。

そのほか、仏殿には本尊(身高3.5m)や霊場本尊(参拝時は別間に奉安)などがまつられていて、その前には釈迦の十大弟子がずらりと並んでおられます。
法堂は説法道場であり、読経供養の殿堂でもあります。
そのほか座禅堂などもあり、往時の七堂伽藍が偲ばれます。

ご住職によれば、大慈寺の伽藍は、上から見ると、山門が足、仏殿が胸、法堂が頭の位置と人の形を模しているそうです。

羅漢さん」と呼ばれる区域には、さまざまな表情を持つ羅漢像が配置されており、その中には訪れる人々の心を映し出すかのような像もあります。

そのほか、「羅漢さん」前に種田山頭火の句碑「まったく雲がない笠をぬぎ」があり、山頭火を出家させた望月和尚がこの寺に在住していたこともあり、山頭火ゆかりの地として多くの人に親しまれています。

裏庭には臥竜ヶ池と呼ばれる美しい池があり、豊かな自然と調和した禅寺らしい風景を楽しむことができます。
池の周囲には四季折々の花々が咲き、訪れる人々の心を和ませます。植栽も豊かで禅寺のたたずまいを作っています。

南無高祖承陽大師道元禅師南無太祖常済大師瑩山禅師

霊場ご本尊は以前(参拝時は別間の床の間に奉安)は寺院ご本尊の脇に厨子の中に納められた像高64cmと小ぶりの一木造の立像です。
ぽっこりとお腹の出た肉づきのよいお体が印象的です。
あらゆる願いを聞き届けてくださるお不動様として知られ、そのお姿から力強さを感じるゆえか、根強いファンも多いそうです。

第二十一番札所蓮華院誕生時奥之院及び第二十二番札所龍照寺は九州八十八ヶ所百八霊場のカテゴリーにて公開してありますので、ご参照ください。
次回は九州三十六不動尊霊場 第二十三番札所「護国山 正覚寺」をお伝えしていきます。

願がわくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生とみなともに仏道を成ぜんことを 合掌

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