長崎

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九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第三十六番札所 城持山 薬王寺

薬王寺は、本尊に薬師如来を祀る寺院です。前身は養性庵と称されていました。1586年現薬王寺の背後の丘陵地にあった井手平城が落城し城兵のほとんどが戦死ことを哀れんだ平戸藩主の松浦隆信は洞谷山を城持山へと改称し戦死者の霊を弔うため養性庵を再建
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第三十五番札所 針尾山 祇園寺

祇園寺は天台宗比叡山延暦寺を本山と仰ぐ寺院です。1652年平戸藩主松浦鎮信の発願で開山し、一圓岳老法印が開基したと伝えられています。開山時の本尊は薬師如来でしたが、その後阿弥陀如来になり、現在は如意輪観世音菩薩をお祀りしております。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第三十四番札所 平山山 平仙寺

平仙寺は堯珍法師が開山したといわれています。堯珍法師はもとは島原温泉山の七百坊惣座主でした。が、キリシタン教徒に襲われ堂舎仏閣を焼失。堯珍は湯江に逃れ諫早に着き、船越村本坊に住しました。その後、諫早鍋島家の庇護を迎ぎ、現在の平仙寺に安住しました。
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九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第三十三番札所 長寿山 龍泉寺

龍泉寺は、本尊に釈迦牟尼仏を祀る曹洞宗のお寺です。「西有家町誌」によると、1689年島原藩主松平忠房は村民の拠り所として島原村晴雲寺の末寺となる長寿山龍泉寺を建立し、卓峰周恩和尚が開山しました。龍泉寺の後方、国道に面した台地に薬師堂があります。
九州三十三観音霊場

九州三十三観音霊場 第二十三番札所 雲仙山 満明寺

大宝元年(701年)に行基菩薩が開山したという歴史ある寺院。堂内には「雲仙大仏」とよばれ、高さ5mの金色に輝く純金箔のお釈迦様が温泉街を見守るように鎮座しています。境内にはぼけ封じ観音や不動尊があり、30分くらいでひとまわりできます。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第百四番札所 黒髪山 大智院

黒髪山大智院は大同元年(806年)弘法大師により現在の武雄山内にそびえる霊峰黒髪山上に肥前地方としては最初に開創されました。明治11年に大火災により伽藍を消失してしまいましたが、法灯は護持され明治39年に佐世保の地に移転し復興が始まりました。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 第七十九番札所 松豊山 善福寺

善福寺の歴史は古く、創建は1335年(建武2年)に松浦氏の始祖を祀る今宮神社の別当寺(神職が祀りを兼ねる寺)及び今福松浦家の祈願所として寺上の地に創建。その後、幾度か移転・再建を繰り返した後、1909年(明治42年)現在地に建立されました。
九州八十八ヶ所百八霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第七十八番札所 入唐山 開元寺

ここは札所として「開元寺」となっていますが、寺院があるわけではなく『弘法大師入唐解纜之地』と刻された一基の石碑と拝所があるだけです。寺号の由来は弘法大師が12月の終わりに唐に上陸後、一ヵ月間とどまった福州の寺院が開元寺でその寺号を称したもの
九州三十三観音霊場

九州八十八ヶ所百八霊場第七十七番札所 高野山 最教寺

最教寺は、大同元年(806年)弘法大師が唐から帰朝した時、初めて護摩を焚いたところといわれています。現在奥の院には大師の護摩石と坐禅石があり住時をしのぶことができます。慶長12年(1607年)1真言教学の学問所である談義所を合併し復興しました。
九州三十三観音霊場

九州八十八ヶ所百八霊場 七十六番札所 弦掛山 西福寺

西福寺のある地は昔から、山伏がこの巨大な岩屋のなかに庵を結んで修行した行場だったと伝えられています。江戸時代に平戸藩主の命により5体の石仏を安置しました。明治に入り、この地に住む吉井クラの霊夢に出た観音菩薩のお告げの逸話が残っています。
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