九州四十九院薬師霊場 第四十八番札所 光林山 昌元寺

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九州四十九院薬師霊場
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昌元寺は本尊に阿弥陀如来を祀る天台宗の寺院で、通称「肥前薬師」と呼ばれています。
対馬藩田代領の中心地である旧代官所跡の近くにあり、縁起は不詳となっていますが、対馬藩初代藩主・宗義智が田代領内における祈願所として創建したのではないかと考えられています。「佐賀県地名辞典」によると、かつては昌元寺町にありましたが、寛文4年(1664年)に現地へ移されました。
藩政時代は藩主・宗氏の位牌所で、境内は除地(年貢を免除された土地)となっていました。
当時は領内最高の寺格を有したと伝えられています。

九州四十九院薬師巡礼より

霊場本尊・薬師如来について

薬師如来は、正しくは薬師瑠璃光如来といいます。
日光菩薩、月光菩薩の脇士と十二神将が一体となって、仏の心「慈悲の心」を表しています。即ち、私たちの病気の苦しみを除いて、安楽を与えてくださる現世利益の「ほとけさま」です。
薬師如来が説法している時の手の相(印相)、右手は施無畏印で、わたしたちの色々と恐れおじける心を取り除き、安心させてくれるサインです。
痛いところへすぐ右手が飛びます。これが「手当て」です。手の指には仏の世界でいう仏の名があり、薬指が薬師如来です。施無畏印で薬指を少し前に出すことで薬師如来を象徴しています。

左手は与願印で、平安時代以後の薬師如来は薬壷を持っておられます。
くすりつぼは、人の寿命を延ばす意味をもつといいます。現代人は薬によって病気が治ると頼りがちでありますが、病気を治すのは、私たちの体内にある自然治癒力が最も肝心です。

医療や薬品は、その自然治癒力を高め、援助する役割を持つのであります。「病は気から」とも言います。この治すという「気力」をバックアップしてくれるのが、お薬師様です。
私たちが病気になったとき、その病気をおそれず、医薬の効果を高め、強く生きる力を与えてくださいます。その上に、「病気の善用」も諭していただけるのです。
お薬師信仰を深めることは、健康で、病気を苦にすることなく、安楽で、幸せな日暮らしが期待できるのです。

病の苦しみを救う、寿命を延ばす、そして貧困からの救済等々十二の大願を成就して如来となられた仏様です。
尊像は病気平癒や延命を願って作られたものが多いため、左手に万病に効く薬が入っている薬壺(やっこ)をお持ちになっておられます。
また薬師像は三尊像としてお祀りされることも多く、その際は脇侍に日光・月光菩薩の二尊が従われることが多く、さらに眷属として十二神将も従えることもあります。

薬師の十二大願

1.光明普照
 自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く
2.随意成弁
 仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる
3.施無尽物
 仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す
4.安立大乗 
 世の外道を正し、衆生を仏道へと導く
5.具戒清浄
 戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける
6.諸根具足
 生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす
7.除病安楽 
 困窮や苦悩を除き払えるよう援ける
8.転女得仏
 成仏するために男性への転生を望む女性を援ける
9.安立正見
 一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける
10.苦悩解脱
 重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける
11.飽食安楽
 著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く
12.美衣満足
 困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す

ご真言

おん ころころせんだり まとうぎ そわか

『概略』

光林山 昌元寺 通称:肥前薬師
(霊場御朱印)

創建

不詳

宗派

天台宗

ご本尊

霊場御本尊 薬師如来 薬師堂

ご真言 

おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

寺院御本尊 阿弥陀如来

ご真言 

おん あみりた ていぜい から うん

ご詠歌

悠々の
声にさそはれ 辿りつく
みのりあふるる 昌元の郷

住所・連絡先

佐賀県鳥栖市田代上町206 TEL 0942-82-3243
(地図)

アクセス

【電車・バスの場合】
JR鹿児島本線・田代駅より徒歩16分、またはタクシーで4分
【車の場合】
九州縦貫自動車道・鳥栖JCTより長崎/佐賀方面に進んで5分

駐車場あり(普通車30台可。マイクロバスは参道に駐車)

売薬渡世と田代売薬

昌元寺は、佐賀県の東の玄関口の鳥栖市にあります。
鳥栖は古くは律令時代の駅路に、江戸時代には長崎街道が通る交通の要衝で、現代では九州自動車道と長崎道、大分道が交わる国内屈指のインターチェンジとなっています。

境内には鐘楼門、本堂、庫裡、霊廟などが配置されています。

寺院ご本尊は須弥壇中央の高い位置に奉安されています。

霊場ご本尊は、薬師堂に安置されています。

さらに境内には道心庵と称する茶室もあります。

茶室へとつながる庭園では豊かな緑のなかに蹲踞(つくばい。茶室に入る前に手を清める手水鉢のこと)や飛び石、敷石などが配置されています。

自然と調和した美しい景観を楽しむことができます。また、秋の見頃には美しい紅葉を楽しむことができます。

江戸時代の田代町は対馬藩 宗氏の飛地領で、昔は「売薬渡世」と称していました。
現在も九州を中心として「田代売薬」は有名です。

売薬渡世は、享保14年(1729年)博多についた富山の売薬人に刺激されたとか言われています。

田代の人たちは朝鮮の製薬技術に加え、長崎貿易により薬種を手に入れ、「朝鮮伝来」を旗印に、商圏を拡げていったそうです。

南無根本伝教大師福聚金剛

九州四十九院薬師霊場は次の第四十九番札所 小松山 大興善寺で結願となりますが、大興善寺は九州三十三観音霊場第四番札所ともなっていて既に公開してありますのでご参照ください。

九州四十九院薬師霊場の未参拝寺院につきましては、参拝後、漸次公開していく予定でおりますので、悪しからずご了承ください。

次回は新年改まりましてから、九州三十六不動尊霊場の参拝済み札所から第九番札所 総社山 圓壽寺を公開する予定でおりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

願わくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生と
みなともに仏道を成ぜんことを 合掌

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