九州四十九院薬師霊場 第四十番札所 天鼓山 来雲寺

スポンサーリンク
九州四十九院薬師霊場
スポンサーリンク

来雲寺は、神功皇后が三韓征討の際に山頂へ宝鏡を捧げて戦勝を祈願したという神話が伝わる、鏡山(別名:領巾振山 ひれふりやま)の麓に建っています。

「拾風土記」の寺院名寄によると、来雲寺はもとは曹洞宗のお寺で、元和8年(1622年)4月に龍源寺の末寺として建てられました。その後、明治維新に衰微したのを山下亮永師によって再興され、天台宗に改められたそうです。境内には、唐津初代藩主・寺沢広高公の嫡男で若くして早世した寺沢忠晴公のお墓があります。

緑濃い境内には四脚門、本堂、位牌堂があり、ご本尊の聖観音菩薩は厨子に安置された秘仏で、奥の祭壇には薬師如来坐像が合祀されています。

九州四十九院薬師巡礼より

霊場本尊・薬師如来について

薬師如来は、正しくは薬師瑠璃光如来といいます。
日光菩薩、月光菩薩の脇士と十二神将が一体となって、仏の心「慈悲の心」を表しています。即ち、私たちの病気の苦しみを除いて、安楽を与えてくださる現世利益の「ほとけさま」です。
薬師如来が説法している時の手の相(印相)、右手は施無畏印で、わたしたちの色々と恐れおじける心を取り除き、安心させてくれるサインです。
痛いところへすぐ右手が飛びます。これが「手当て」です。手の指には仏の世界でいう仏の名があり、薬指が薬師如来です。施無畏印で薬指を少し前に出すことで薬師如来を象徴しています。

左手は与願印で、平安時代以後の薬師如来は薬壷を持っておられます。
くすりつぼは、人の寿命を延ばす意味をもつといいます。現代人は薬によって病気が治ると頼りがちでありますが、病気を治すのは、私たちの体内にある自然治癒力が最も肝心です。

医療や薬品は、その自然治癒力を高め、援助する役割を持つのであります。「病は気から」とも言います。この治すという「気力」をバックアップしてくれるのが、お薬師様です。
私たちが病気になったとき、その病気をおそれず、医薬の効果を高め、強く生きる力を与えてくださいます。その上に、「病気の善用」も諭していただけるのです。
お薬師信仰を深めることは、健康で、病気を苦にすることなく、安楽で、幸せな日暮らしが期待できるのです。

病の苦しみを救う、寿命を延ばす、そして貧困からの救済等々十二の大願を成就して如来となられた仏様です。
尊像は病気平癒や延命を願って作られたものが多いため、左手に万病に効く薬が入っている薬壺(やっこ)をお持ちになっておられます。
また薬師像は三尊像としてお祀りされることも多く、その際は脇侍に日光・月光菩薩の二尊が従われることが多く、さらに眷属として十二神将も従えることもあります。

薬師の十二大願

1.光明普照
 自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く
2.随意成弁
 仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる
3.施無尽物
 仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す
4.安立大乗 
世の外道を正し、衆生を仏道へと導く
5.具戒清浄
 戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける
6.諸根具足
 生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす
7.除病安楽 
困窮や苦悩を除き払えるよう援ける
8.転女得仏
 成仏するために男性への転生を望む女性を援ける
9.安立正見
 一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける
10.苦悩解脱
 重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける
11.飽食安楽
 著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く
12.美衣満足
 困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す

ご真言

おん ころころせんだり まとうぎ そわか

『概略』

天鼓山 来雲寺
(霊場御朱印)

創建

元和8年(1622年) 寺沢 広高 開基(曹洞宗)
明治時代        山下 亮永 再興(天台宗)

宗派

天台宗

ご本尊

霊場御本尊 薬師如来坐像 本堂内

ご真言 

おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

寺院御本尊 聖観世音菩薩(秘仏)

ご真言 

おん あろりきゃ そわか

ご詠歌

うつせみの
病を癒す 南無薬師
浮喜の深谷に おはしまします

住所・連絡先

佐賀県唐津市宇木2072 TEL 0955-77-0463
(地図)

アクセス

【電車・バスの場合】
JR筑肥線・東唐津駅よりタクシーで12分
または東唐津駅より昭和バス・鏡・久里線にて「宇木中」下車後、徒歩8分
【車の場合】
長崎大分線・長崎自動車道・多久ICより厳木多久有料道路・厳木パイバスを利用して37分

駐車場あり(大型車1台、普通車10台可)

神功皇后の戦勝祈願

来雲寺は、神功皇后三韓征討の際に山頂へ宝鏡を捧げて戦勝を祈願したという神話が伝わる、鏡山(別名:領巾振山 ひれふりやま)の麓に建っています。

来雲寺がある唐津は唐や朝鮮半島へ渡る津という意味があります。
唐津で有名なのは、やはり「唐津焼」でしょう。
茶の湯の流行に合わせて盛んになりましたが、有田焼の台頭により衰退の一途を辿りました。
しかし、近年、12代中里太郎衛門が唐津焼を復興しました。

話は横道に逸れましたが、来雲寺は、緑濃い境内には四脚門、本堂、位牌堂があり、ご本尊の聖観音菩薩は厨子に安置された秘仏で、奥の脇壇には薬師如来坐像が合祀されています。

南無根本伝教大師福聚金剛

佐用姫伝説

この伝説は、宣化天皇の時代(535年)、新羅追討の兵を率いた狭手彦が、村長の娘、佐用姫と恋仲になり、船出を見送った佐用姫は、鏡山に登り領巾を振りつつ石になったという物語です。

万葉集に山上憶良が
「遠つ人 松浦佐用姫 夫恋いに 領巾振りしおり 負える山の名」
とあります。

次回は九州四十九院薬師霊場 第四十一番 芙蓉山 医王寺をお伝えしてまいります。

願わくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生と
みなともに仏道を成ぜんことを 合掌

コメント