九州三十六不動尊霊場 第三十一番札所 寳雨山 金乗院

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九州三十六不動尊霊場
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金乗院は慈眼大師の高弟の玄純僧正が霊夢によりこの地を開墾し、そこに草堂を結び不動明王を本尊として開山しました。当初は松林寺と号していましたが、第四代住職の時、江戸城で七年間行った護摩堂修法の功績により『金乗教院』の院号を賜ったそうです。

『概略』

寳雨山 金乗院
(御朱印)

創建

天正元年(1573年) 玄純僧正

宗派

天台宗

ご本尊

寺院・霊場ご本尊

不動明王坐像(出世開運不動尊)(秘仏・24年に一度開帳)
(お前立は二童子を従えた立像)
(お御影)

ご真言

なあまく さあまんだあ ばあさら なん せんだん まあかろしゃな そわたや うんたらたかんまん

不動明王について

不動明王は、密教の教主、大日如来が衆生教化のため変身した明王の中では最高位の仏様です。
普段は柔和な大日如来が、優しさだけでは通用しない人々を救済するために、あえて怒りの形相をしています。
邪悪な相手には徹底的に厳しく、人が間違った道へ進もうとした時には、正しい道へと戻れるように諭してくれる存在です。
迷いの世界から煩悩を絶ちきり、仏の道を教えてくれる尊い存在なのです。

空海が日本にもたらした最初のお姿は両目を見開く恐ろしい形相で、おさげ髪のお姿でした。その後19世紀になると、「不動十九観」が定められ左目をやや閉じ、右目を開ける天地眼、上唇を下歯で噛み下唇を上歯で噛むといった特徴となりました。
そして倶利伽羅剣という宝剣と悪い心を縛り上げることにより、善き心を呼び起こさせるための羂索と呼ばれる網をもっておられます。
さらに背後には炎が立ち上げる火焔光背があります。

不動十九観とは

不動明王を心に浮かべる時、その見た目の特徴を表すもので、これを満たしたものを心に描くと理想的な不動明王の姿が描ける考えられます。

1.大日如来の化身であること。
2.真言中に「ア」・「ロ」・「カン」・「マン」の四字があること。
3.常に火生三昧に住していること。
4.童子の姿を現わし、その身容が卑しく肥満であること。
5.髪の毛の上に七沙髻があること。
6.左に一弁髪を垂らすこと。
7.額に水波のようなしわがあること。
8.左の目を閉じ右の目を開くこと。
9.下の歯で右上の唇を噛み、左下の唇の外へ出すこと。
10.口を固く閉じること。
11.右手に剣をとること。
12.左手に羂索を持つこと。
13.行者の残食を食べること。
14.大磐石の上に安座すること。
15.色が醜く、青黒であること。
16.奮迅して忿怒であること。
17.光背に迦楼羅炎かるらえんがあること。
18.倶力迦羅竜くりからりゅうが剣にまとわりついていること。
19.矜羯羅童子と制多迦童子の二童子が侍していること。

住所・連絡先

佐賀県神埼郡吉野ヶ里町吉田2635 TEL 0952-52-3317
(地図)

アクセス

【電車】
JR長崎本線吉野ヶ里公園駅よりタクシー約10分
または中原駅よりタクシー約5分
【車】
長崎自動車道・東脊振ICより約5分

駐車場あり 50台

ご詠歌

H3 ご詠歌

脊振りなる 峯より宝の 雨ふりて
       不滅の灯明 萬部法華経

工業団地の只中に翻る千本幟

天台宗金乗院 松林教寺」「照干一隅 此則國寶」と刻された二本の石柱の間を延びる参道を進み、目に飛び込んできた正面の山門は雨にぬれシットリとした趣の中に不浄の者を拒むかのように凛とした空気感にあふれています。

山門をくぐり、天蓋のように両側から繁る木立の緑のトンネルが続く参道を本堂へと伺いました。

その木立は慈眼大師・天海の高弟の玄純僧正が紫雲を遠く指差す天女の霊夢によりこの地に辿り着き原野だったこの地を開墾し、般若心経を一巻誦するごとに一本ずつ松、杉を植えたと伝わっています。
そこに草堂を結び、江戸の大仏師が一刀三礼をもって刻した不動明王坐像を本尊として開山しました。

境内に入ると「千本幟」と呼ばれているおびただしい数の幟がはためいています。

当初は松林寺と号していましたが、第四代住職の時、江戸城で七年間行った護摩堂修法の功績により『金乗教院』の院号を賜ったそうです。

ご本尊は秘仏で、像高50~60センチの坐像で24年に一度しか御開帳されないそうです。
前回の御開帳は平成34年(2022年)でした。
平素は納められた厨子の前に立たれている「お前立」を拝観することになります。

参拝を終え、広くゆったりとした境内を拝見させていただくと、

十一面観音が祀られる護摩堂(成就坊)

釈迦如来を祀る開山堂(釈迦堂)

地蔵堂

松之森尊天宮(堂)などの諸堂が建ち並び、

他にもご詠歌にも詠われている「法華経奉読誦壱萬部塔」(寺宝)などがあります。
萬部法華経というのは、

肥前藩内の安泰を願い、100人の僧が100日間法華経をあげたという「法華経奉読誦壱萬部」という故事によるものだそうです。

南無根本伝教大師福聚金剛

ご住職によれば
「お不動様は六道の中、言い換えれば人間界の中にまでお出ましいただいているありがたい仏様です」と
また「お釈迦様の教えは”人間は生きていく上で苦しみから始まる”というもので”楽な暮らしをしたい”などというのは人間のわがままです。苦しみは自分が作り出したものだと気づいて努力しなければなりません」と…
凡人の私には身に染みるお言葉だと思います。

なお、余談になりますが、ナビによっては隣の「大塚製薬」様の敷地内へと案内されることがありますので、当ブログの地図を参照していただけると嬉しいです。

次回は九州三十六不動尊霊場 第三十二番札所「茶臼山 清岩禅寺」をお伝えしていきます。

願がわくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生とみなともに仏道を成ぜんことを 合掌

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