
水堂安福寺は、聖武天皇の代(725年)に開山したとされる天台宗の寺院で、地元では「水堂さん(みっとさん)」という愛称で古くから親しまれています。
聖武天皇の代に開山したとされています。地元では「水堂(みっと)さん」という愛称で古くから親しまれ、毎年旧暦4月15日から7月15日の3ヶ月だけ湧き出すといわれる霊水は、無病息災の利益があるとされ毎年1万人以上が参拝されます。
霊場本尊・薬師如来について
薬師如来は、正しくは薬師瑠璃光如来といいます。
日光菩薩、月光菩薩の脇士と十二神将が一体となって、仏の心「慈悲の心」を表しています。即ち、私たちの病気の苦しみを除いて、安楽を与えてくださる現世利益の「ほとけさま」です。
薬師如来が説法している時の手の相(印相)、右手は施無畏印で、わたしたちの色々と恐れおじける心を取り除き、安心させてくれるサインです。
痛いところへすぐ右手が飛びます。これが「手当て」です。手の指には仏の世界でいう仏の名があり、薬指が薬師如来です。施無畏印で薬指を少し前に出すことで薬師如来を象徴しています。
左手は与願印で、平安時代以後の薬師如来は薬壷を持っておられます。
くすりつぼは、人の寿命を延ばす意味をもつといいます。現代人は薬によって病気が治ると頼りがちでありますが、病気を治すのは、私たちの体内にある自然治癒力が最も肝心です。
医療や薬品は、その自然治癒力を高め、援助する役割を持つのであります。「病は気から」とも言います。この治すという「気力」をバックアップしてくれるのが、お薬師様です。
私たちが病気になったとき、その病気をおそれず、医薬の効果を高め、強く生きる力を与えてくださいます。その上に、「病気の善用」も諭していただけるのです。
お薬師信仰を深めることは、健康で、病気を苦にすることなく、安楽で、幸せな日暮らしが期待できるのです。
病の苦しみを救う、寿命を延ばす、そして貧困からの救済等々十二の大願を成就して如来となられた仏様です。
尊像は病気平癒や延命を願って作られたものが多いため、左手に万病に効く薬が入っている薬壺(やっこ)をお持ちになっておられます。
また薬師像は三尊像としてお祀りされることも多く、その際は脇侍に日光・月光菩薩の二尊が従われることが多く、さらに眷属として十二神将も従えることもあります。
薬師の十二大願
1.光明普照
自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く
2.随意成弁
仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる
3.施無尽物
仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す
4.安立大乗
世の外道を正し、衆生を仏道へと導く
5.具戒清浄
戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける
6.諸根具足
生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす
7.除病安楽
困窮や苦悩を除き払えるよう援ける
8.転女得仏
成仏するために男性への転生を望む女性を援ける
9.安立正見
一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける
10.苦悩解脱
重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける
11.飽食安楽
著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く
12.美衣満足
困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す
H3ご真言
おん ころころせんだり まとうぎ そわか
『概略』
日輪山 水堂(みずどう)安福寺
(霊場御朱印)

創建
聖武天皇の頃 僧 法弓
平安時代 高倉天皇 建立
宗派
天台宗
ご本尊

霊場御本尊 薬師如来坐像 薬師堂

ご真言
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
寺院御本尊 阿弥陀如来
ご真言
おん あみりた ていぜい から うん
ご詠歌

霊水に
身は清めつつ すがすがと
導かれゆく 弥陀の浄土へ
住所・連絡先
佐賀県杵島郡白石町堤3144 TEL 0952-84-3033
(地図)
アクセス
【電車・バスの場合】
JR佐世保線・大町駅、またはJR長崎本線・肥前白石駅よりタクシーで12分
【車の場合】
長崎大分線・長崎自動車道・武雄北方ICを出て16分
駐車場あり(大型車4台、普通車15台可)
水堂さん(みっとさん)
「霊水略縁記」によりますと、奈良時代の聖武天皇の頃、ある猟師が一匹の白鹿を見つけ、それを射止めました。しかし白鹿はたちまち金色の光を放って消えてしまいます。不思議に思った猟師が鹿の消えた跡を探すとそこには石の観音菩薩像があり、矢はその腹に刺さっていました。これを見た猟師は多年の殺生を悔いて出家、名を法弓と改め、そこに安福寺を建立します。それ以来、法弓は強い念仏三昧の行者となって、水堂開山の前提を作りました。

やがて平安時代、高倉天皇が病を患ったとき、夢の中で日輪山中に湧く霊水を飲むよう観音様から告げられた帝は、杵島の領主・平重盛に命じて霊水を求めました。重盛は直ちに人を遣わし、その霊水を帝に献上したところ、不思議にも病は平癒し、それに喜んだ帝は七堂伽藍に六十六坊を建立し、水堂安福寺の霊場が完備されました。

毎年旧暦の4月15日寅上刻から7月15日未刻の3ヶ月だけ観音菩薩像の腹部から湧き出す霊水は無病息災に効き目があるとされ、その時期には観音堂にて出水(でんみず)法要が営まれ、毎年1万以上の参拝客が来られます。持ち帰った霊水は仏壇にお供えしたり、薬を飲むときやごはんの中に入れたりして、無病息災を祈ります。

南無根本伝教大師福聚金剛
境内には「老の名のありとも知らで四十雀」と刻まれた松尾芭蕉の句碑があります。
芭蕉の号は、魔訶止観の一節の「十二因縁は夢幻芭蕉の如しと感じて、縁覚の道を成す」に由来しているというのが定説となりつつあります。
次回は九州四十九院薬師霊場 第三十九番 国祐山 妙法院をお伝えしてまいります。
願わくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生と
みなともに仏道を成ぜんことを 合掌


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