大分

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九州三十六不動尊霊場

九州三十六不動尊霊場 第九番札所 総社山 圓壽寺

圓壽寺は、岩屋寺石仏から背後の丘を切り開いて作った道路を北に約150メートル登ったところ、上野ヶ丘の東端、丘陵上の見晴らしの良い場所にあります。770年頃 日羅上人が開山し、豊後国府の鎮護寺として建てられ、当時は岩屋寺と呼ばれていました。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十六番札所 高雄山 當陽寺

1581年、島津義久を迎え撃つために大友宗麟が日向国へ出陣した際、キリスト教を奉信する兵士の中には、社寺を破壊する者もあり、當陽寺も焼討ちされ、文書などを焼失しました。故に創建は定かではありませんが、寛文年間に河野九兵衛が再建してたそうです
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十五番札所 瑞雲山 龍興寺

龍興寺の創建は延文3年(1358年)、七代大友氏泰が大野川を遡った川添村に大友氏の祈願所として建立し、高獄禅師を招いて開山されました。一旦衰微したのち、元禄元年(1688年)に湛堂和尚が堂宇を再建、師の柏翁祖棟を迎えて中興開山しました。
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九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十四番札所 宝劒山 神護寺

神護寺のはじまりは大永7年(1527年)、僧・中栄によって創建され、山岳信仰に篤い豊後地方で修験者の道場として栄えていました。天保3年(1832年)に四国八十八ヶ所の本尊を勧請し、高城観音の分霊を迎えるなどして勢いが盛んでした。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十三番札所 本宮山 大山寺

長暦2年(1038年)、長珍和尚が開基したとされる大山寺は、柞原(ゆすはら)宮師金蔵院歴代の菩提寺です。国指定重要文化財である普賢延命菩薩坐像は作風から平安時代に作られたと推定されていますが、一説には最澄・伝教大師の作と伝えられています。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十二番札所 清寧山 観海寺

観海寺の歴史は千有余年続いたとされ、その間に何度も兵火に罹り、明治維新の後には廃寺となりました。現在の観海寺は昭和13年(1938年)に高階瓏仙禅師が再興開山し、上田寧によって中興開基されたもので、禅宗系曹洞宗となっています。
九州三十三観音霊場

九州三十三観音霊場 第十五番札所 龍雲山 興禅院

興禅院は由布院駅から徒歩10分ほどのところにある1370年創建の曹洞宗の寺院。ご本尊は釈迦牟尼仏です。本堂は鉄筋コンクリート造。境内には十三仏や十六羅漢などの尊像の他、青の洞門を開創した禅海和尚の石像も安置されています。
九州三十三観音霊場

九州三十三観音霊場 第十四番札所 飛龍山 大光院

大光院は、血の池地獄から鉄輪に向かう途中の道路沿いにあり、金峯山修験本宗の寺院です。大光院の御本尊は不動明王で、身代わり不動尊と呼ばれます。また九州三十三観音霊場第十四番札所ともなっています。
九州三十三観音霊場

九州三十三観音霊場 第十二番札所 西高野山 善通寺 椿大堂

九州三十三観音第十二番札所、豊後四国八十八ヶ所総本山第四十八番札所である椿観音「善通寺椿大堂」と、弘法大師が修行された霊窟(椿大師発祥の岩窟)のある第四十九番札所、椿大師「椿堂 遍照院」が、一つの境内の中にあり弘法大師ゆかりの名刹です。
九州三十三観音霊場

九州三十三観音霊場第十番札所 無量寿山 弘法寺

弘法寺は耶馬溪新四国八十八ヵ所霊場第1番札所(本尊:十一面観世音菩薩)・同第32番札所(本尊:十一面千手観世音菩薩)・九州三十三観音霊場第10番札所(本尊:大悲観音)となっています。なお、耶馬溪新四国八十八ヵ所霊場では総本部になっています。
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