
永勝寺は、天武天皇9年(680年)、皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を祈願するために天武天皇の勅願所になったと伝わる名刹です。島根県出雲市の一畑薬師、愛媛県西与市の山田薬師と共に、日本三大薬師の一つに数えられています。平安時代には白河天皇(1072〜86年)から篤く尊ばれ、都から遣わされた勅願は数回にも及んだそうです。

寺域内には多くの石仏が安置されており、学問の仏「文殊菩薩」、百日咳の仏「こうばし地蔵尊」、財を授かる「虚空蔵菩薩」が静かに鎮座しています。また、裏山へ続く小道には「五百羅漢」が百相の面を表して連座し、その中には疫病を防ぐ鬼神「鍾馗(しょうき)像」や延命の仏「象に乗った普賢菩薩像」等、数多くの石仏が迎えてくださいます。小道の先には展望所があり、紅葉に染まった柳坂曽根のハゼ並木や筑後平野を一望できます。
霊場本尊・薬師如来について
薬師如来は、正しくは薬師瑠璃光如来といいます。
日光菩薩、月光菩薩の脇士と十二神将が一体となって、仏の心「慈悲の心」を表しています。即ち、私たちの病気の苦しみを除いて、安楽を与えてくださる現世利益の「ほとけさま」です。
薬師如来が説法している時の手の相(印相)、右手は施無畏印で、わたしたちの色々と恐れおじける心を取り除き、安心させてくれるサインです。
痛いところへすぐ右手が飛びます。これが「手当て」です。手の指には仏の世界でいう仏の名があり、薬指が薬師如来です。施無畏印で薬指を少し前に出すことで薬師如来を象徴しています。
左手は与願印で、平安時代以後の薬師如来は薬壷を持っておられます。
くすりつぼは、人の寿命を延ばす意味をもつといいます。現代人は薬によって病気が治ると頼りがちでありますが、病気を治すのは、私たちの体内にある自然治癒力が最も肝心です。
医療や薬品は、その自然治癒力を高め、援助する役割を持つのであります。「病は気から」とも言います。この治すという「気力」をバックアップしてくれるのが、お薬師様です。
私たちが病気になったとき、その病気をおそれず、医薬の効果を高め、強く生きる力を与えてくださいます。その上に、「病気の善用」も諭していただけるのです。
お薬師信仰を深めることは、健康で、病気を苦にすることなく、安楽で、幸せな日暮らしが期待できるのです。
病の苦しみを救う、寿命を延ばす、そして貧困からの救済等々十二の大願を成就して如来となられた仏様です。
尊像は病気平癒や延命を願って作られたものが多いため、左手に万病に効く薬が入っている薬壺(やっこ)をお持ちになっておられます。
また薬師像は三尊像としてお祀りされることも多く、その際は脇侍に日光・月光菩薩の二尊が従われることが多く、さらに眷属として十二神将も従えることもあります。
薬師の十二大願
1.光明普照
自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く
2.随意成弁
仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる
3.施無尽物
仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す
4.安立大乗
世の外道を正し、衆生を仏道へと導く
5.具戒清浄
戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける
6.諸根具足
生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす
7.除病安楽
困窮や苦悩を除き払えるよう援ける
8.転女得仏
成仏するために男性への転生を望む女性を援ける
9.安立正見
一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける
10.苦悩解脱
重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける
11.飽食安楽
著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く
12.美衣満足
困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す
ご真言
おん ころころせんだり まとうぎ そわか
『概略』
柳坂山 永勝寺 (日本三薬師)
(霊場御朱印)

創建
天武天皇9年(680年)、皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を祈願するために天武天皇の勅願所となる
宗派
曹洞宗
ご本尊
寺院・霊場御本尊 薬師如来
ご真言
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
薬師御和讃

帰命頂来 薬師尊
諸病を除く 御仏の
誓にすがる 諸人を
もらさで救いたまわんと
大悲の光 くまもなく
眷属十二の神将も
願をかくる人々に
無量の慈悲ぞ たれたもを
南無 大悲薬師尊
住所・連絡先
福岡県久留米市山本町豊田2155 TEL 0942-44-1386
(地図)
アクセス
【電車・バスの場合】
JR久大本線・御井駅よりタクシーで10分
またはJR鹿児島本線・久留米駅より西鉄バス・上原行にて「柳坂(バス)」下車後、徒歩14分
【車の場合】
九州縦貫自動車道・久留米ICを出て15分
駐車場あり(マイクロバス2台、普通車10台可)
天武天皇の勅願所

前述のように、永勝寺も「宝禄長久 万民快楽」を祈念し、天皇の勅願所となりましたが、平城京にある法相宗大本山の薬師寺も建立されました。
永勝寺も3年に1度の星まつりが執り行われていました。
その霊験を喜ばれて寺領を賜り七堂伽藍に36坊を有する鎮西最大の巨刹でした。
その後戦火や不審火などにより栄枯盛衰の道を辿りますが、明治に入り明治8年に建立した説教所を本堂にして再興されました。
その時に天台宗から曹洞宗に改宗しました。

深い森に覆われた境内は、石造の仁王を構えた石段を上ると本堂があります。
須弥壇の本尊・薬師如来は厨子の中に納められ、前立に十二神将を侍らせておられます。

本堂の左手に五百羅漢があり、虚空蔵堂もあります。
そこには石造の鍾馗(しょうき)様も鎮座されていますが、鍾馗様は唐時代に終南山の進士鍾馗が玄宗皇帝の夢に現れて悪魔を払い、皇帝の病気を治したという故事により、日本では五月の節句に飾る習慣となりました。
南無高祖承陽大師道元禅師南無太祖常済大師瑩山禅師

永勝寺は紅葉の名所としても知られ、並木道にイロハモミジが広がっていることから「もみじ寺」とも呼ばれています。山門から96段の石段を登った先には仁王像が左右に構え、市指定天然記念物の「ケンポ梨」、推定樹齢300年以上のイチョウ、五本の大杉などがあり、紅葉の時期には境内一帯に赤や黄色の鮮やかな光景が広がります。
なた参道は櫨(はぜ)並木がつづき、久留米藩が奨励した木蝋(もくろう)の名残で、市指定の天然記念物となっていて、その葉もこの時期には色づきます。
次回は九州四十九院薬師霊場 第四十八番 光林山 昌元寺をお伝えしてまいります。
願わくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生と
みなともに仏道を成ぜんことを 合掌


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