九州四十九院薬師霊場 第四十三番札所 広厳山 常福寺

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九州四十九院薬師霊場
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常福禅寺は、平安時代初期に空海弘法大師)によって開基された、1000年以上の歴史を持つ臨済宗南禅寺派のお寺です。肥筑平野を一望する風光明媚な山腹に位置し、かつては真言密教の霊場とされていました。奥の院の宝殿や古い堂宇の敷地跡は、この古いお寺の歴史を物語っています。

常福禅寺が真言宗から禅寺となったのは、安土桃山時代末期のころです。古月印和尚が再興開山した折に臨済宗南禅寺派に改宗され、禅寺としての堂宇が整えられました。本堂と庫裡が現在の位置に移築されたのは江戸時代中期と推測されています。

古くから常福禅寺のご本尊であった薬師瑠璃光如来座像は平安時代中期の彫像様式を今に伝える木造で、桧から掘り出された一本造りの仏像です。

脇侍である護法神帝釈尊天立像も平安時代中期前後の作と推定され、頭部から体躯すべて(手首・木剣を除く)がカヤの一本造りで作成されています。薬師瑠璃光如来座像、護法神帝釈尊天立像はともに国重要文化財に指定され、現在は仏像収蔵庫に安置されています。

また、境内には元禄時代の石工・平川与四右衛門一族の石仏が数多く安置され、如意輪観世音石像は市の文化財に指定されています。

九州四十九院薬師巡礼より

霊場本尊・薬師如来について

薬師如来は、正しくは薬師瑠璃光如来といいます。
日光菩薩、月光菩薩の脇士と十二神将が一体となって、仏の心「慈悲の心」を表しています。即ち、私たちの病気の苦しみを除いて、安楽を与えてくださる現世利益の「ほとけさま」です。
薬師如来が説法している時の手の相(印相)、右手は施無畏印で、わたしたちの色々と恐れおじける心を取り除き、安心させてくれるサインです。
痛いところへすぐ右手が飛びます。これが「手当て」です。手の指には仏の世界でいう仏の名があり、薬指が薬師如来です。施無畏印で薬指を少し前に出すことで薬師如来を象徴しています。

左手は与願印で、平安時代以後の薬師如来は薬壷を持っておられます。
くすりつぼは、人の寿命を延ばす意味をもつといいます。現代人は薬によって病気が治ると頼りがちでありますが、病気を治すのは、私たちの体内にある自然治癒力が最も肝心です。

医療や薬品は、その自然治癒力を高め、援助する役割を持つのであります。「病は気から」とも言います。この治すという「気力」をバックアップしてくれるのが、お薬師様です。
私たちが病気になったとき、その病気をおそれず、医薬の効果を高め、強く生きる力を与えてくださいます。その上に、「病気の善用」も諭していただけるのです。
お薬師信仰を深めることは、健康で、病気を苦にすることなく、安楽で、幸せな日暮らしが期待できるのです。

病の苦しみを救う、寿命を延ばす、そして貧困からの救済等々十二の大願を成就して如来となられた仏様です。
尊像は病気平癒や延命を願って作られたものが多いため、左手に万病に効く薬が入っている薬壺(やっこ)をお持ちになっておられます。
また薬師像は三尊像としてお祀りされることも多く、その際は脇侍に日光・月光菩薩の二尊が従われることが多く、さらに眷属として十二神将も従えることもあります。

薬師の十二大願

1.光明普照
 自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く
2.随意成弁
 仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる
3.施無尽物
 仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す
4.安立大乗 
 世の外道を正し、衆生を仏道へと導く
5.具戒清浄
 戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける
6.諸根具足
 生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす
7.除病安楽 
 困窮や苦悩を除き払えるよう援ける
8.転女得仏
 成仏するために男性への転生を望む女性を援ける
9.安立正見
 一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける
10.苦悩解脱
 重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける
11.飽食安楽
 著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く
12.美衣満足
 困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す

ご真言

おん ころころせんだり まとうぎ そわか

『概略』

広厳山 常福禅寺
(霊場御朱印)

創建

平安初期 弘法大師空海 開基 真言宗
室町末期 古月印和尚  開山 臨済宗に改宗

宗派

臨済宗南禅寺派

ご本尊

寺院・霊場御本尊 薬師如来坐像 仏像収蔵庫
本堂は前立

ご真言 

おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

常福寺賛歌

はるけくも 平安の法灯心にともし
慈愛の御声 お薬師様と帝釈様
国の宝と永久に伝えん
厚き信仰たたえん常福寺

住所・連絡先

佐賀県小城市牛津町上砥川3696 TEL 0952-66-0517
(地図)

アクセス

【電車・バスの場合】
JR長崎本線・牛津駅よりタクシーで8分
または牛津駅より路線バス・武雄線にて「研川小学校前」下車後、徒歩19分
【車の場合】
長崎大分線・長崎自動車道・小城PA出口より県道44号を利用して24分

駐車場あり(中型車5台、普通車20台可)

弘法大師空海開創のお寺

常福寺のある牛津は六角川の支流、牛津川の河港が拓けたところで、江戸時代には長崎街道が通り、「市は高橋(武雄)、荷は牛津」と謳われ、水陸交通の要衝として栄え、諸々の卸問屋が集まっていました。
肥筑平野を一望できる山腹に常福寺はあります。

当初は真言宗に属していましたが、室町末期の古月印和尚開山のおりに臨済宗に改められました。

ご本尊の薬師如来坐像国指定重要文化財)は、平安時代中期の彫像様式を今に伝える尊像で、像高83cm、檜材一木造、光背と台座は後から付けられたようですが、輪光背に八重蓮華を浮かし彫りして、漆箔に彩色が施されています。現在は仏像収蔵庫の方に保管され、本堂ではが平成の薬師如来像が本尊と同じ座高でお前立として祀られています。

また脇侍として帝釈天立像がお祀りされていますが、こちらの尊像も国指定重要文化財となっていて、像高1.2メートル、頭部から蓮肉までが檜材一木造、両手首には割矧ぎつけ、素地に彫眼、口元を堅く結んだ厳しい表情をされています。藤原中期の作と伝わります。

さらに境内には、江戸元禄時代の石仏も多くあります。

南無釈迦牟尼仏

常福寺には遍照院と呼ばれる奥之院があり、天保年間(1830年~44年)の建立だそうです。
境内には、佐賀県八十八ヶ所めぐりが創設され、春夏の彼岸には多くの遍路の人たちで賑わっているそうです。

また奥之院への入り口には推定樹齢300年余りの金木犀あり、辺りに芳香を放っています。

次回は九州四十九院薬師霊場 第四十四番 恵日山 寳琳院をお伝えしてまいります。

願わくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生と
みなともに仏道を成ぜんことを 合掌

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