
龍興寺の創建は延文3年(1358年)、七代大友氏泰が大野川を遡った川添村に大友氏の祈願所として建立し、高獄禅師を招いて開山されました。一旦衰微したのち、元禄元年(1688年)に湛堂和尚が堂宇を再建、師の柏翁祖棟を迎えて中興開山しました。
霊場本尊・薬師如来について
薬師如来は、正しくは薬師瑠璃光如来といいます。
日光菩薩、月光菩薩の脇士と十二神将が一体となって、仏の心「慈悲の心」を表しています。即ち、私たちの病気の苦しみを除いて、安楽を与えてくださる現世利益の「ほとけさま」です。
薬師如来が説法している時の手の相(印相)、右手は施無畏印で、わたしたちの色々と恐れおじける心を取り除き、安心させてくれるサインです。
痛いところへすぐ右手が飛びます。これが「手当て」です。手の指には仏の世界でいう仏の名があり、薬指が薬師如来です。施無畏印で薬指を少し前に出すことで薬師如来を象徴しています。
左手は与願印で、平安時代以後の薬師如来は薬壷を持っておられます。
くすりつぼは、人の寿命を延ばす意味をもつといいます。現代人は薬によって病気が治ると頼りがちでありますが、病気を治すのは、私たちの体内にある自然治癒力が最も肝心です。
医療や薬品は、その自然治癒力を高め、援助する役割を持つのであります。「病は気から」とも言います。この治すという「気力」をバックアップしてくれるのが、お薬師様です。
私たちが病気になったとき、その病気をおそれず、医薬の効果を高め、強く生きる力を与えてくださいます。その上に、「病気の善用」も諭していただけるのです。
お薬師信仰を深めることは、健康で、病気を苦にすることなく、安楽で、幸せな日暮らしが期待できるのです。
病の苦しみを救う、寿命を延ばす、そして貧困からの救済等々十二の大願を成就して如来となられた仏様です。
尊像は病気平癒や延命を願って作られたものが多いため、左手に万病に効く薬が入っている薬壺(やっこ)をお持ちになっておられます。
また薬師像は三尊像としてお祀りされることも多く、その際は脇侍に日光・月光菩薩の二尊が従われることが多く、さらに眷属として十二神将も従えることもあります。
薬師の十二大願
1.光明普照
自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く
2.随意成弁
仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる
3.施無尽物
仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す
4.安立大乗
世の外道を正し、衆生を仏道へと導く
5.具戒清浄
戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける
6.諸根具足
生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす
7.除病安楽
困窮や苦悩を除き払えるよう援ける
8.転女得仏
成仏するために男性への転生を望む女性を援ける
9.安立正見
一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける
10.苦悩解脱
重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける
11.飽食安楽
著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く
12.美衣満足
困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す
ご真言
おん ころころせんだり まとうぎ そわか
『概略』
瑞雲山 龍興寺
(霊場御朱印)

創建
延文3年(1358年)高獄禅師 開山 大友氏泰 開基
宗派
臨済宗妙心寺派
ご本尊
霊場御本尊 薬師如来坐像
ご真言
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
寺院御本尊 釈迦牟尼仏
H3ご真言
のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
住所・連絡先
大分県大分市徳島1-7-27 TEL 097-527-3767
(地図)
アクセス
【電車・バスの場合】
JR日豊本線・鶴崎駅より徒歩12分。
【車の場合】
東九州自動車道・大分宮河内ICを出て15分。
駐車場 有(大型車5台、普通車20台可)
歴史的事件の舞台とも
龍興寺の創建は延文3年(1358年)、七代大友氏泰が大野川を遡った川添村に建立し、高獄禅師を招いて開山されました。当初は大友氏の祈願所でしたが、宗麟の代の重臣・吉岡宗歓が鶴崎に居城を構えて城下町を整備した際に龍興寺を近くの三軒町に移しました。
政変により一時は衰微したものの、元禄元年(1688年)に湛堂和尚が堂宇を再建、師の柏翁祖棟を迎えて中興開山しました。
次いで大用素道和尚の代に弁財天を奉り、鎮守堂・地蔵堂などを建立して壮大な伽藍美を誇りました。
しかしながら、近くを流れる大野川の氾濫に悩まされていました。
昭和7年ようやく大野川の改修工事が行われ、それに伴い現在地に移転したそうです。
境内には「藤渚」と書かれた扁額が掲げられた鐘楼門をくぐると右手に観音堂があり、かつての弁財天がお祀りされています。
本堂にご本尊の釈迦牟尼仏、阿弥陀仏が安置されていて、いずれも年代は不詳ですが鎌倉期の造立を窺わせます。
寺伝によると、脇士に祀る観音像3体のうち1体は安阿弥陀仏(快慶)の作と伝えられています。
また語り継がれる歴史的事件が伝わっています。
その一つは、明治7年に起きた熊本藩士の仇討事件、そしてもう一つは昭和の工場誘致にからむ割腹事件です。
こうした悲劇の舞台ともなった龍興寺です。
南無釈迦牟尼仏
豊後国臨済七福神めぐりは春を彩る信仰の一つですが、大分県大分市内の臨済宗寺院を巡るコースです。
① 龍興寺(弁財天)
② 永安寺(大黒天)
③ 萬寿寺(布袋尊)
④ 神護寺(恵比寿)
⑤ 長興寺(福禄寿)
⑥ 願行寺(毘沙門天)
⑦ 長林寺(寿老人)
コースとしては、万寿寺を出発し、吉野梅林に近い長林寺に詣でますが、それぞれの寺院が趣向を凝らして福を授けてくださるそうです。
機会があれば詣でてみたいものです。
次回は九州四十九院薬師霊場 第十六番 高雄山 當陽寺をお伝えしてまいります。
願わくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生と
みなともに仏道を成ぜんことを 合掌


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