九州四十九院薬師霊場 第十三番札所 本宮山 大山寺

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九州四十九院薬師霊場
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長暦2年(1038年)、長珍和尚が開基したとされる大山寺は、柞原(ゆすはら)宮師金蔵院歴代の菩提寺です。国指定重要文化財である普賢延命菩薩坐像は作風から平安時代に作られたと推定されていますが、一説には最澄・伝教大師の作と伝えられています。

九州四十九院薬師巡礼より

霊場本尊・薬師如来について

薬師如来は、正しくは薬師瑠璃光如来といいます。
日光菩薩、月光菩薩の脇士と十二神将が一体となって、仏の心「慈悲の心」を表しています。即ち、私たちの病気の苦しみを除いて、安楽を与えてくださる現世利益の「ほとけさま」です。
薬師如来が説法している時の手の相(印相)、右手は施無畏印で、わたしたちの色々と恐れおじける心を取り除き、安心させてくれるサインです。
痛いところへすぐ右手が飛びます。これが「手当て」です。手の指には仏の世界でいう仏の名があり、薬指が薬師如来です。施無畏印で薬指を少し前に出すことで薬師如来を象徴しています。

左手は与願印で、平安時代以後の薬師如来は薬壷を持っておられます。
くすりつぼは、人の寿命を延ばす意味をもつといいます。現代人は薬によって病気が治ると頼りがちでありますが、病気を治すのは、私たちの体内にある自然治癒力が最も肝心です。

医療や薬品は、その自然治癒力を高め、援助する役割を持つのであります。「病は気から」とも言います。この治すという「気力」をバックアップしてくれるのが、お薬師様です。
私たちが病気になったとき、その病気をおそれず、医薬の効果を高め、強く生きる力を与えてくださいます。その上に、「病気の善用」も諭していただけるのです。
お薬師信仰を深めることは、健康で、病気を苦にすることなく、安楽で、幸せな日暮らしが期待できるのです。

病の苦しみを救う、寿命を延ばす、そして貧困からの救済等々十二の大願を成就して如来となられた仏様です。
尊像は病気平癒や延命を願って作られたものが多いため、左手に万病に効く薬が入っている薬壺(やっこ)をお持ちになっておられます。
また薬師像は三尊像としてお祀りされることも多く、その際は脇侍に日光・月光菩薩の二尊が従われることが多く、さらに眷属として十二神将も従えることもあります。

薬師の十二大願

1.光明普照
 自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く
2.随意成弁
 仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる
3.施無尽物
 仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す
4.安立大乗 
世の外道を正し、衆生を仏道へと導く
5.具戒清浄
 戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける
6.諸根具足
 生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす
7.除病安楽 
困窮や苦悩を除き払えるよう援ける
8.転女得仏
 成仏するために男性への転生を望む女性を援ける
9.安立正見
 一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける
10.苦悩解脱
 重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける
11.飽食安楽
 著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く
12.美衣満足
 困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す

ご真言

おん ころころせんだり まとうぎ そわか

『概略』

本宮(ほんぐう)山 大山(たいさん)寺
(霊場御朱印)

創建

長暦二年(1038年)長珍和尚

宗派

天台宗

寺院御本尊

阿弥陀如来

ご真言

おん あみりた ていぜい から うん

寺宝

普賢延命菩薩坐像(国指定重要文化財)

ご真言

おん さんまや ざとばん

聖観音坐像

ご真言

おん あろりきゃ そわか

十一面観音菩薩

ご真言

おん まか きゃろにきゃ そわか
おん ろけい じんばら きりく そわか

住所・連絡先

大分県大分市大字八幡1380 TEL 097-536-1914
(地図)

アクセス

【電車・バスの場合】
JR日豊本線・西大分駅より徒歩16分。
またはJR日豊本線・大分駅より大分交通バスにて「下八幡」下車後すぐ。
【車の場合】
東九州自動車道・長崎大分線・大分ICより7分。

駐車場 有(中型車3台、普通車20台可)

多くの優れた仏様が祀られている大山寺

西大分駅の南西の丘陵地に豊後国一宮である柞原(ゆすはら)八幡宮があります。天台の僧、金亀が宇佐八幡宮に詣でて神託を蒙り、社殿を造営したのが始まりだそうです。
その柞原八幡宮の手前、八幡字大山の里に大山寺はあります。
柞原宮師(神棚や神輿などを製作する職人)金蔵院歴代の菩提寺です。

大山寺のお堂は、まさに諸仏龕と言っていいほど、ご本尊の阿弥陀如来をはじめ、国指定重要文化財の普賢延命菩薩坐像(収蔵庫)、平安末期の作と伝わる聖観音坐像や聖観音立像、十一面観音菩薩、四天王、不動明王などが合祀されています。

伝教大師・最澄の作と伝わる普賢延命菩薩坐像

『大分市の文化財』によれば、その普賢延命菩薩坐像は、もともと柞原八幡宮の境内にあった普賢堂のご本尊だったそうです。柞原八幡宮は元来、神社と寺が同じ場所にありましたので、境内には多宝塔や阿弥陀堂、弥勒堂、虚空蔵堂、毘沙門天社、弁財天社などもありそれぞれの仏像が安置されていました。
明治時代の神仏分離に際して散逸していましたが、その中で普賢堂本尊、香雲坊の十一面観音像が大山寺に移され現在に至っているそうです。

また雉城雑誌巻十「由原八幡宮」の項には、法華三昧堂が俗に普賢堂と呼ばれていたともあります。

延暦十一年(792年)伝教大師・最澄が宇佐八幡宮に参拝した後、阿蘇山に赴き帰りに柞原宮弥勒寺に仮泊した夜に普賢菩薩が一時姿を現したのを称え、普賢菩薩像を刻したとあります。そして時の国主が普賢堂を建立し、安置したそうです。

普賢菩薩像は高さ87.6cm、榧材の一木造で、頭部に髷を結び、額に白毫を嵌めてあります。
白毫(びゃくごう)とは、仏の眉間に生えているとされる、右巻きに巻かれた白い毛のことです。
これは仏の三十二相の一つであり、伸ばすと約4.5mにもなるとされます。
白毫からは光明が放たれ、世界を照らすとされ、仏の特別な知恵や慈悲の象徴とされています。

また、現在は十六臂ですが、本来は二十臂だったそうです。

そうした像容を儀軌(造像法)には「普賢延命菩薩」というそうです。
その功徳は、増益と延命の二つあるそうです。

とりわけ天台宗では、息災延命を祈る修法の本尊に祀り、四大法の一つとして重要視されています。

一般に普賢延命菩薩像は少なく、奈良法隆寺の木造坐像が国指定重要文化財、京都松尾寺の尊像は、国宝に指定されています。

南無根本伝教大師福聚金剛

裏庭の地蔵祠なども散策におすすめです。春には梅や桜、夏に紫陽花、秋には紅葉を楽しめます。

次回は九州四十九院薬師霊場 第十四番札所 宝劒山 神護寺をお伝えしてまいります。

願わくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生と
みなともに仏道を成ぜんことを 合掌

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