お遍路まさ

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九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十八番札所 蓬莱山 今山大師寺

1839年蔓延した疫病を封じるために延岡城下の大師信者たちが高野山金剛峰寺より弘法大師像を勧請して大師庵を建立したのが今山大師寺の始まりとされています。1889年に八十八ヵ所を創設、1918年には円帰哲禅和尚が開基して大師堂が建立されました
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十六番札所 高雄山 當陽寺

1581年、島津義久を迎え撃つために大友宗麟が日向国へ出陣した際、キリスト教を奉信する兵士の中には、社寺を破壊する者もあり、當陽寺も焼討ちされ、文書などを焼失しました。故に創建は定かではありませんが、寛文年間に河野九兵衛が再建してたそうです
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十五番札所 瑞雲山 龍興寺

龍興寺の創建は延文3年(1358年)、七代大友氏泰が大野川を遡った川添村に大友氏の祈願所として建立し、高獄禅師を招いて開山されました。一旦衰微したのち、元禄元年(1688年)に湛堂和尚が堂宇を再建、師の柏翁祖棟を迎えて中興開山しました。
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九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十四番札所 宝劒山 神護寺

神護寺のはじまりは大永7年(1527年)、僧・中栄によって創建され、山岳信仰に篤い豊後地方で修験者の道場として栄えていました。天保3年(1832年)に四国八十八ヶ所の本尊を勧請し、高城観音の分霊を迎えるなどして勢いが盛んでした。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十三番札所 本宮山 大山寺

長暦2年(1038年)、長珍和尚が開基したとされる大山寺は、柞原(ゆすはら)宮師金蔵院歴代の菩提寺です。国指定重要文化財である普賢延命菩薩坐像は作風から平安時代に作られたと推定されていますが、一説には最澄・伝教大師の作と伝えられています。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第十二番札所 清寧山 観海寺

観海寺の歴史は千有余年続いたとされ、その間に何度も兵火に罹り、明治維新の後には廃寺となりました。現在の観海寺は昭和13年(1938年)に高階瓏仙禅師が再興開山し、上田寧によって中興開基されたもので、禅宗系曹洞宗となっています。
九州三十三観音霊場

九州三十三観音霊場 特別霊場 大宝山 報恩寺

香山昇龍大観音は原鶴温泉泰泉閣の創業者であり、杷木町長を4期務めた林一二三翁が霊夢により観音菩薩を感得し、創建されたものです。観音像の高さは28mあり昇龍観音としては日本一の高さを誇ります。その他境内には多数の尊像が奉安されています。
九州三十三観音霊場

九州三十三観音霊場 第三十三番札所 源光山 明石寺

明石寺は霊場の結願寺で、目の前には多目的ダムもあります。弘法大師空海が唐から帰国した際に訪れ、人々を救済した土地でもあり、その後、江戸初期に留錫した旅僧の霊夢にマタジイの木の根元から大日如来の石仏が出てきたので、大日屋敷と呼ばれていました。
九州三十三観音霊場

九州三十三観音霊場 第二十三番札所 雲仙山 満明寺

大宝元年(701年)に行基菩薩が開山したという歴史ある寺院。堂内には「雲仙大仏」とよばれ、高さ5mの金色に輝く純金箔のお釈迦様が温泉街を見守るように鎮座しています。境内にはぼけ封じ観音や不動尊があり、30分くらいでひとまわりできます。
九州三十三観音霊場

九州三十三観音霊場 第二十二番札所 月圭山 芳證寺

芳證寺は、細川忠興の二男・細川興秋が創建したキリシタン寺であった長興寺薬師堂が寺の始まりと伝わっています。天草の乱後、天草が天領となり赴任した初代代官の鈴木三郎九郎重成が戦乱により疲弊した天草の平和と再建を願い自らの城を寄付し出来ました。
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