お遍路まさ

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九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十番札所 天鼓山 来雲寺

来雲寺は、神功皇后が三韓征討の際に山頂へ宝鏡を捧げて戦勝を祈願したという神話が伝わる、鏡山の麓に建っています。緑濃い境内には四脚門、本堂、位牌堂があり、ご本尊の聖観音菩薩は厨子に安置された秘仏で、奥の祭壇には薬師如来坐像が合祀されています。
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九州四十九院薬師霊場 第三十九番札所 国祐山 妙法院

妙法院の創建は1880年頃、初代法真和尚が比叡山での修行の後、長崎に庵を建てたのが始まりです。妙法院の宗派は、役小角(役行者)を開祖とする金峯山修験本宗です。また、九州四十九院薬師霊場の発祥の地として発展し、広く社会に貢献されています。
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九州四十九院薬師霊場 第三十八番札所 日輪山 安福寺

安福寺は、聖武天皇の代に開山したとされています。地元では「水堂(みっと)さん」という愛称で古くから親しまれ、毎年旧暦4月15日から7月15日の3ヶ月だけ湧き出すといわれる霊水は、無病息災の利益があるとされ毎年1万人以上が参拝されます。
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九州四十九院薬師霊場 第三十六番札所 城持山 薬王寺

薬王寺は、本尊に薬師如来を祀る寺院です。前身は養性庵と称されていました。1586年現薬王寺の背後の丘陵地にあった井手平城が落城し城兵のほとんどが戦死ことを哀れんだ平戸藩主の松浦隆信は洞谷山を城持山へと改称し戦死者の霊を弔うため養性庵を再建
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九州四十九院薬師霊場 第三十五番札所 針尾山 祇園寺

祇園寺は天台宗比叡山延暦寺を本山と仰ぐ寺院です。1652年平戸藩主松浦鎮信の発願で開山し、一圓岳老法印が開基したと伝えられています。開山時の本尊は薬師如来でしたが、その後阿弥陀如来になり、現在は如意輪観世音菩薩をお祀りしております。
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九州四十九院薬師霊場 第三十四番札所 平山山 平仙寺

平仙寺は堯珍法師が開山したといわれています。堯珍法師はもとは島原温泉山の七百坊惣座主でした。が、キリシタン教徒に襲われ堂舎仏閣を焼失。堯珍は湯江に逃れ諫早に着き、船越村本坊に住しました。その後、諫早鍋島家の庇護を迎ぎ、現在の平仙寺に安住しました。
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九州四十九院薬師霊場 第三十三番札所 長寿山 龍泉寺

龍泉寺は、本尊に釈迦牟尼仏を祀る曹洞宗のお寺です。「西有家町誌」によると、1689年島原藩主松平忠房は村民の拠り所として島原村晴雲寺の末寺となる長寿山龍泉寺を建立し、卓峰周恩和尚が開山しました。龍泉寺の後方、国道に面した台地に薬師堂があります。
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九州四十九院薬師霊場 第三十一番札所 吾平山 相良寺

相良の観音さんと親しまれている相良寺は、延暦寺の末寺であり、宗祖伝教大師最澄上人によって814年に開かれました。朱雀天皇の時に皇室の勅使が本堂に籠り祈願したところ皇子が無事生まれたという言い伝えから、子授け・安産に霊験があるといわれています
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九州四十九院薬師霊場 第二十九番札所 曹源山 法泉寺

法泉寺は、1293年、川尻大慈寺第五世・寒巌義尹禅師の高弟・仁叟紹熙大和尚によって開かれました。終戦50年の平成7年、古くなっていた鐘楼堂を改修し、戦争の為に供出してなくなっていた梵鐘を50年ぶりに「平和祈念梵鐘」として造りました。
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九州四十九院薬師霊場 第二十番札所 福聚山 極楽寺

極楽寺は、天平勝宝3年(751年)、国司の川崎図書重忠によって建立されました。のち延宝元年(1673年)、延岡城主・有馬氏二代康純のときに現在地に移転、台雲寺五世・霊峯円鎖大和尚が中興開山して曹洞宗となりました。
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