
極楽寺は、天平勝宝3年(751年)、国司の川崎図書重忠によって建立されました。のち延宝元年(1673年)、延岡城主・有馬氏二代康純のときに現在地に移転、台雲寺五世・霊峯円鎖大和尚が中興開山して曹洞宗となりました。
霊場本尊・薬師如来について
薬師如来は、正しくは薬師瑠璃光如来といいます。
日光菩薩、月光菩薩の脇士と十二神将が一体となって、仏の心「慈悲の心」を表しています。即ち、私たちの病気の苦しみを除いて、安楽を与えてくださる現世利益の「ほとけさま」です。
薬師如来が説法している時の手の相(印相)、右手は施無畏印で、わたしたちの色々と恐れおじける心を取り除き、安心させてくれるサインです。
痛いところへすぐ右手が飛びます。これが「手当て」です。手の指には仏の世界でいう仏の名があり、薬指が薬師如来です。施無畏印で薬指を少し前に出すことで薬師如来を象徴しています。
左手は与願印で、平安時代以後の薬師如来は薬壷を持っておられます。
くすりつぼは、人の寿命を延ばす意味をもつといいます。現代人は薬によって病気が治ると頼りがちでありますが、病気を治すのは、私たちの体内にある自然治癒力が最も肝心です。
医療や薬品は、その自然治癒力を高め、援助する役割を持つのであります。「病は気から」とも言います。この治すという「気力」をバックアップしてくれるのが、お薬師様です。
私たちが病気になったとき、その病気をおそれず、医薬の効果を高め、強く生きる力を与えてくださいます。その上に、「病気の善用」も諭していただけるのです。
お薬師信仰を深めることは、健康で、病気を苦にすることなく、安楽で、幸せな日暮らしが期待できるのです。
病の苦しみを救う、寿命を延ばす、そして貧困からの救済等々十二の大願を成就して如来となられた仏様です。
尊像は病気平癒や延命を願って作られたものが多いため、左手に万病に効く薬が入っている薬壺(やっこ)をお持ちになっておられます。
また薬師像は三尊像としてお祀りされることも多く、その際は脇侍に日光・月光菩薩の二尊が従われることが多く、さらに眷属として十二神将も従えることもあります。
薬師の十二大願
1.光明普照
自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く
2.随意成弁
仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる
3.施無尽物
仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す
4.安立大乗
世の外道を正し、衆生を仏道へと導く
5.具戒清浄
戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける
6.諸根具足
生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす
7.除病安楽
困窮や苦悩を除き払えるよう援ける
8.転女得仏
成仏するために男性への転生を望む女性を援ける
9.安立正見
一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける
10.苦悩解脱
重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける
11.飽食安楽
著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く
12.美衣満足
困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す
ご真言
おん ころころせんだり まとうぎ そわか
『概略』
福聚山 極楽寺
(霊場御朱印)

創建
天平勝宝3年(751年) 国司・川崎図書重忠 開基
延宝元年(1673年) 曹洞宗台雲寺五世・霊峯円鎖大和尚 中興開山
現在地に移転
宗派
曹洞宗
ご本尊

霊場御本尊 薬師如来立像 薬師堂
ご真言
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
寺院御本尊 阿弥陀如来坐像
ご真言
阿弥陀如来・おん あみりた ていぜい から うん
ご詠歌
隠し津流 罪も佛に 砕かれて こころの曇り 晴れる極楽
住所・連絡先
宮崎県延岡市土々呂町5-1200 TEL 0982-37-0265
(地図)
アクセス
【電車・バスの場合】
JR日豊本線・土々呂駅より徒歩7分
【車の場合】
宮崎区間・東九州自動車道・門川ICを出て5分
駐車場あり(大型車2台、普通車20台可)
天平時代の創建の古刹

本尊は南北朝時代に作られた木造阿弥陀如来坐像で、高さは2尺6寸(80cm弱)あり、行基菩薩の作とされています。
また、本堂横の薬師堂には約300年前に建立された石の薬師瑠璃光如来が祀られ、「土々呂(トトロ)のお薬師さん」と呼ばれ親しまれています。
その薬師堂は、もと西ノ奥薬師谷の松尾寺にありましたが、天正6年(1578年)大友宗麟の兵火に遭い極楽寺に移築されてものだそうです。
そして万延2年(1861年)に再建され、当時は極楽寺入り口にあり、円満寺と称していたようです。

極楽寺の山号の福聚山は開基の川崎重忠の法名「福聚院殿覚嵒玄正大居士」にちなんでいます。

本堂には、北九州市の美術家・安田潤兒氏が手掛けた「地球の曼荼羅」という天井絵が描かれています。
開放された境内では四季の花木が咲き誇り、秋には樹齢300年を超える大銀杏の見事な紅葉が楽しめます。
台雲寺
ちなみに、前述の台雲寺は、福井県の大本山永平寺・神奈川県の大本山総持寺を両本山とし、滋賀県の總寧寺の流れを組んでいます。
1616年、延岡藩主有馬直純が大丹山西林寺を改称して台雲寺を復活させ、近江国の總寧寺第14世安月和尚を迎えて曹洞宗として開山しました。寺号は有馬氏の祖先で初代有馬遠江守経澄の法号「正行寺院殿台雲座蓮大居士」の台雲からとったもです。
境内には、延岡藩最後の藩主内藤政擧まさたか公の墓所や、空の先駆者・後藤勇吉の墓所があります。
南無高祖承陽大師道元禅師南無太祖常済大師瑩山禅師

極楽寺は地域に開かれたお寺として、なんでも相談をはじめ、坐禅会や社員研修、海外ホームステイ、絵画及び書道展など文化活動も盛んに行われているそうです。
第二十一番札所から第二十八番札所は未参拝ですので、公開は後日に譲るとして、次回は九州四十九院薬師霊場 第二十九番 曹源山 法泉寺をお伝えしてまいります。
願わくは
この功徳をもってあまねく一切に及およぼし
われらと衆生と
みなともに仏道を成ぜんことを 合掌


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