お遍路まさ

スポンサーリンク
九州三十六不動尊霊場

九州三十六不動尊霊場 第九番札所 総社山 圓壽寺

圓壽寺は、岩屋寺石仏から背後の丘を切り開いて作った道路を北に約150メートル登ったところ、上野ヶ丘の東端、丘陵上の見晴らしの良い場所にあります。770年頃 日羅上人が開山し、豊後国府の鎮護寺として建てられ、当時は岩屋寺と呼ばれていました。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十八番札所 光林山 昌元寺

昌元寺は本尊に阿弥陀如来を寺院で、通称「肥前薬師」と呼ばれています。対馬藩田代領の中心地である旧代官所跡の近くにあり、縁起は不詳となっていますが、対馬藩初代藩主・宗義智が田代領内における祈願所として創建したのではないかと考えられています。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十七番札所 柳坂山 永勝寺

永勝寺は、天武天皇9年、皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を祈願するために天皇の勅願所になった名刹です。一畑薬師、山田薬師と共に、日本三大薬師の一つに数えられています。平安時代には白河天皇から篤く尊ばれ、都から遣わされた勅願は数回にも及びました。
スポンサーリンク
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十六番札所 松巌山 青龍寺

青龍寺は、寛永年間(1624〜44年)、僧豪瞬を開基とし、現在の佐賀県神埼市にある「日の隈山」麓に、佐嘉城の鬼門守護として佐賀藩初代藩主・鍋島勝茂公の御願により創建されました。それ以来、佐嘉城鬼門除け鎮城祈願所として栄えていました。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十五番札所 竹林山 持光寺

持光寺は天台宗総本山である比叡山延暦寺の末寺で、1352年弁空上人によって建立、開基されました。安土桃山時代、豊臣秀吉が朝鮮侵攻のため名護屋城に布陣した際に戦勝祈願を行ったとされています。龍造寺氏、鍋島氏代々の祈願寺としても栄えました。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十四番札所 恵日山 宝琳院

宝琳院は詳しい創建は明らかになっていませんが、寺伝によると和銅4年(711年)行基菩薩の建立とされ、境内には行基菩薩開山の墓石が残されています。その後、平安末期、藤原季喜氏の実兄・覚阿禅師によって再興されたといわれています。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十三番札所 広厳山 常福寺

常福寺は、平安時代初期に空海によって開基され1000年以上の歴史を持つ臨済宗南禅寺派のお寺です。肥筑平野を一望する風光明媚な山腹に位置し、かつては真言密教の霊場とされていました。奥の院や古い堂宇の敷地跡は、この古いお寺の歴史を物語っています。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十二番札所 妙台山 見明寺

寺伝によると、見明寺は千葉氏中興の祖・千葉常胤によって鎌倉時代に創建されました。明治維新の廃仏毀釈によって所領を上地され、その後、昭和20年代に中興して現在に至ります。別名・晴氣薬師といわれ、本堂須弥壇にご本尊の薬師如来像が祀られています。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十一番札所 芙蓉山 医王寺

医王寺は、永徳3年(1383年)、岸岳城主・波多安房守源武が創建し、無着妙融大和尚(真空禅師)を開山として迎え建立されました。無着妙融大和尚は、日本曹洞禅宗の開祖である道元禅師第七世の法孫です。ご本尊は木造の薬師如来立像で、秘仏です。
九州四十九院薬師霊場

九州四十九院薬師霊場 第四十番札所 天鼓山 来雲寺

来雲寺は、神功皇后が三韓征討の際に山頂へ宝鏡を捧げて戦勝を祈願したという神話が伝わる、鏡山の麓に建っています。緑濃い境内には四脚門、本堂、位牌堂があり、ご本尊の聖観音菩薩は厨子に安置された秘仏で、奥の祭壇には薬師如来坐像が合祀されています。
スポンサーリンク