4月4日 沖縄県誕生の日

今日は何の日

今日4月4日は沖縄県誕生の日です。

1879年(明治12年)のこの日、琉球藩を廃し、沖縄県とすることが全国に布告され、沖縄県が誕生しました。
沖縄県ではこの日を「沖縄県誕生の日」としています。

経緯

1975年(明治8年)に明治政府は「琉球処分」(後述)の方針を固めました。

1879年(明治12年)3月27日に、内務大書記官の松田道之が警官と軍隊を率いて首里城に向かいました。松田は琉球藩王尚泰に「廃藩置県」(後述)を通達しました。尚泰には東京への居住が命じられ、琉球の土地・人民と書類の引渡し、首里城の明け渡しなどが命じられました。

1879年(明治12年)4月4日に「琉球藩ヲ廃シ沖縄縣ヲ置ク」(1879年4月4日 布告第14号)で琉球藩の廃止と沖縄県設置を全国に布告しました。
翌日、初代県令(現在の知事)に鍋島直彬(なべしまなおよし)を沖縄県令に任命しました。

廃藩置県後の沖縄の措置について、明治政府は他県と同様の改革を行わず、当面は旧慣温存の方針でスタートさせることにしました。
旧慣温存とは急激な変化を避け、土地制度・租税制度・地方制度の従来のやり方(旧来の慣習)を尊重するというものでした。
とりわけ 家禄・社寺・山林の所有については、努めて旧来の慣行に従うべきとしました。
これは士族層の反感を避けるためであり、中国に支援を求める人々による日中関係の悪化を恐れたためともいわれています。
鍋島直彬 政府方針通り旧慣温存の基本方針のもと、日本国への併合を目指しました。

琉球処分

琉球処分(りゅうきゅうしょぶん)は、明治時代初期に日本の明治政府が琉球王国を清国の冊封体制から切り離して沖縄県として自国領に編入した政治過程です。
この過程において、1872年の琉球藩の創設に始まり、1879年の琉球王国の併合・解体、翌年末のユリシーズ・グラント元米大統領の仲介による清との外交交渉(分島問題)を経て、事実上、琉球王国は消滅しました。
1879年の出来事や変化だけを指して、より狭義に使われることもありますが、琉球処分は、侵略、併合、国家統一、内政改革など、さまざまな特徴や側面を持っています

廃藩置県

廃藩置県(はいはんちけん)は、明治維新期の明治4年7月14日(1871年8月29日)に、明治政府がそれまでの藩を廃止して地方統治を中央管下の府又は県に一元化した行政改革です。
ただし、沖縄県の近代史においては、琉球処分の一環として明治12年に琉球藩を廃して沖縄県を設置したことを指します
300弱の藩を廃止してそのまま国直轄の県とし、その後県は統廃合された。2年前の版籍奉還によって知藩事とされていた大名には藩収入の一割が約束され、東京居住が強制されました。
知藩事および藩士への俸給は国が直接支払い義務を負い、のちに秩禄処分により削減・廃止されました。

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