9月5日 ニューカレドニアが発見された日

今日は何の日

今日9月5日は「ニューカレドニアが発見された日」です。

グランドテール島とロイヤルティ諸島からなるフランスの海外領土特別共同体)ニューカレドニアは、1774年のこの日ににジェームズ・クックによって発見されました。

ニッケルを産出する鉱業の島で、その生産量は、インドネシア、フィリピンに次ぐ、世界第3位だそうです。

一方、世界的人気の有数のリゾート地でもあり、ニューカレドニアの珊瑚礁は世界遺産に登録されています。
また、海だけでなくセントジョセフ大聖堂やニューカレドニアラグーン水族館、ニューカレドニア博物館、ヌメア森林公園もあり、まさに観光名所の楽園です。
天国にいちばん近い島」とも呼ばれています。

ジェームズ・クック

ジェームズ・クックは、グレートブリテン王国の海軍士官海洋探検家海図製作者で、通称キャプテン・クックと呼ばれていました。
一介の水兵から身を起こし、英国海軍の勅任艦長 に昇りつめました。

大航海時代を迎えたヨーロッパ諸国では新航路開拓が進みますが、「新航路」は頻繁な上陸が可能な陸沿い・島伝いルートと異なり、数カ月以上の洋上生活を強いられるものでした。
そのため船員の食料として長期間の保存が可能な食材が求められるが、当時の保存食は乾物か塩漬けが定番で、それらはビタミンを著しく欠いていたため、長距離航海する船の乗員に壊血病が蔓延していました。
壊血病 は、出血性の障害が体内の各器官で生じる病気でビタミンC欠乏状態が数週間から数カ月続くと症状が現れます。。
その壊血病による死者を出さずに史上初めて世界周航を成し遂げたことでも有名であるとともに、その予防に尽力したことにより表彰され、王立協会からコプリ・メダルを授与されています。

ニューカレドニア

ニューカレドニアは、オーストラリア東方の島で、南太平洋のメラネシア地域にあり、面積は18575.5平方km(四国ほどの大きさ)の島国で、首都は「ヌメア」です。
1853年9月24日、イギリスのオーストラリア・ニュージーランド領有に対抗しようとしたナポレオン3世の派遣した提督オーギュスト・フェヴリエ=デポワントによってフランス領と宣言されました。

旅行記 天国にいちばん近い島

「天国にいちばん近い島」は、森村桂の旅行記で、1966年に出版されベストセラーになりました。
その概要は、子供の頃、亡き父(作家の豊田三郎)が語った、花が咲き乱れ果実がたわわに実る夢の島、神様にいつでも逢える島。働かなくてもいいし、猛獣や虫もいない…そんな天国にいちばん近い島が地球の遥か南にあるという言葉が、きっとニューカレドニアだと思い、ニューカレドニアへ行くことを心に誓います。
死んでしまった父に、また会えるかも知れない…そう信じて。
母が寂しがっていると言えば、心地よいその島暮らしを捨ててでも戻ろうと思ってくれるに違いない。
そして、神様の目をぬすんで、父を連れて帰ればいい! そう信じて出発した旅行の顛末を書き記したものです。

まだ海外旅行自体が自由にできなかった頃ゆえの苦労、夢と現実のギャップ、現地の人達との交流などの体験が書かれています。

ニューカレドニアで暴動?

2024年に入り、カナック(先住民)の若者たちがヌメア郊外の幹線道路を占拠。車に火をつけたり、店に押し入って略奪したりしました。
そのきっかけになったのは、フランスで進行中の「憲法改正」の動きでした。
ニューカレドニアではカナック(先住民)の人たちの権利を尊重するため、地方選挙の参政権が「1998年以前にニューカレドニアで選挙人名簿に登録されていた人」などに限定されてきましたが、それを「現地に10年以上暮らす住民にも拡大する」ための憲法の改正案がフランスの国民議会に提出され、賛成多数で可決されたことによります。
つまり比較的最近、移住してきた人も地方選挙への参加が可能になり、こうしたフランス本国の動きにカナック(先住民)の人たちなどが、先住民の票の重みが失われると反発し、抗議活動が暴動に発展し、略奪や放火が相次ぐ事態となってしまいました。

現在でも、外務省からは「今後とも不測の事態等が発生するおそれがありますので、報道等で最新の情報を入手するとともに、抗議活動等が発生している場所には近づかないでください。また、日中でも不要不急の外出や移動を控えるなど、ご自身の安全を確保するようにしてください。」という注意喚起が発出されています。

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