蟋蟀戸在 | きりぎりすとにあり | 十三夜 | 観月会 | 七十二候 | 歳時記

蟋蟀在戸 きりぎりすとにあり 歳時記
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蟋蟀在戸 きりぎりすとにあり

七十二候は18日より寒露の末候、蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)になります。
そして新型コロナウィルス禍が未だくすぶる中、行楽に出かけるのを控えていらっしゃる方もおられるかとも思いますが、18日は二回目の「月見」の十三夜(じゅうさんや)が巡ってきます。

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蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)

蟋蟀在戸  きりぎりすとにあり

ツヅレサセコオロギが寒さをしのぐため戸口のそばまでやってきて鳴く頃という意味です。その声は細く哀愁を帯びた声で鳴くのです。
ここにある「蟋蟀」とは、「ギーッ、チョン」と機織り機のように鳴くキリギリスではなく、「リッリッリッリッリッ・・・」と鳴く「ツヅレサセコオロギ」のことを指しています。昔は「蟋蟀 (コオロギ)」のこともキリギリスと呼び、秋鳴く虫の総称でもありました。

「蟋蟀戸在」は中国最古の詩篇である「詩経」で農民がその暮らしを詠った「七月は野に在り、八月は軒下に在り、九月は戸に在り、十月は我が床の下に入る」に由来したものです。
その後有名な詩人の杜甫や白居易の漢詩にも夜寒をさけて暖を求めて蟋蟀が家や寝床に近づくことが詠まれています。

昔、貧しい農民や庶民たちにはその鳴き声は「肩刺せ、袖刺せ、綴れ刺せ」と聞こえていたようです。
「つづれ」とは 破れたところを継ぎはぎした粗末な服、「させ」とは縫い物の意味で、「肩や裾を今のうちに繕っておいて」と、虫たちが冬支度を導いてくれました。
昔と言っても江戸時代から昭和の中頃までの農民や庶民たちは破れをつぎ、はぎ合わせた今でいうとボロボロの着物を大切に着ていました。今では「昭和も遠くなりにけり」なんて言葉も聞こえてきますが、戦前、終戦直後までは子供たちは破れたところにつぎあてをしてもらった服で走り回っていました。

囲炉裏端

寒さが増してくる前に囲炉裏端で秋の夜長僅かな光の中で衣類のほころびをつぎはぎして冬に備えている貧しい中にも不思議と温かみさえ感じられる母親の姿が眼に浮かぶようです。

ちなみにキリギリスは「ギーッチョンギーッチョン」と機織りのように聞こえることから、別名を 機織り虫というそうです。

キリギリス

そんな昔の農民や庶民たちが貧しい中でもこのツヅレサセコオロギの鳴き声を冬支度への促しの声として聴いていたその精神性の豊かさには感服するばかりです。このようにツヅレサセコオロギの声は秋の終わりを告げるとともに冬の足跡とも言えるかもしれません。

十三夜

十三夜の月

お月見は十五夜だけではないのはご存じでしたか?十五夜の他にも「十三夜」のお月見行事があります。
十三夜とは十五夜の後に巡ってくる十三夜をさし、旧暦9月13日(2021年は10月18日)のお月見のことをいいます。 その月は十五夜に次いで美しい月だといわれ、昔から大切にされてきました。

どうしてまんまるな(もしくはそれに近い)月ではなく、まだ少し欠けている「旧暦13日」の月なのでしょう。
それは、完璧ではない未完成ゆえの美しさが、日本人の心に響いたからだと考えられています。
そう言われると、まんまるの月も確かに綺麗で素晴らしいけれど、これから満ちていく少し欠けた月には、ほどよく品のある独特の美しさがあるような気がします。

十五夜は、もともと平安時代に中国から伝わってきました。一方、十三夜は日本オリジナルの風習で延喜19年(919年)に宇多天皇が十五夜と同様に十三夜にも観月の宴を催したのが始まりと言われたり、醍醐天皇(平安時代 885~930年)が月見をしたのが始まりとも、また、秋の収穫祭ではないかとも言われています。

観月会

十五夜と同じように、栗や大豆、果物など秋の実りとともに月見団子をお供えします。団子の数は12ないし13が良いとされます。
ススキやナデシコなど、秋の草花もあれば飾るとよいですね。収穫の喜びと感謝を込めて、月を見上げて楽しみましょう。

また十五夜を中秋の名月と呼ぶのに対し、十三夜は「後の月(のちのつき)」とも言われています。
さらには十五夜、十三夜のどちらか一方のお月見しかしないことを「片見月」と呼び、縁起が悪いといわれてきました。

今年は満月のお月見が出来た所が多かったですが、例年ですと十五夜の頃(新暦9月頃)は台風や秋雨の時期で天気がよくなく、「中秋の名月、十年に九年は見えず」という言葉があるくらいです。
一方、十三夜の頃(新暦10月頃)になると、秋晴れが多く美しい月が見られることから「十三夜に曇りなし」といわれますが、今年はどうなりますでしょうか。

さらにもう一つのお月見が十日夜(とおかんや)もあります。
昔から十五夜、十三夜、十日夜(旧暦10月10日、新暦11月14日)の3日間が晴れてお月見ができると縁起が良いとされています。

結詞

目線を地面に向ければ、虫たちばかりではなく秋草が小さな花をつけ、そしてそれぞれが実や穂をつけ、懸命に次の世代へとその命をつなぎ、自らは枯れていく姿は私たち日本人の琴線に深く響き「もののあはれ」を感じさせてくれます。
秋の夜長、冷え込みとともにその寒さに凍えながら弱々しく鳴く虫の声のコーラスを楽しむひとときは、人恋しさとどことなく切なさが心に沁み入ってくるものです。

霜降 霜始降

季節の味わいはそんな終わりゆく「名残り」とともに季節の移ろいの僅かな「兆し」の中にあるように思います。
日々多忙と喧騒の中に生きている現代人の私たちにとって、そんな繊細な感覚を忘れてはいけない情緒ではないでしょうか。
秋の深まりとともに暦は二十四節気は「霜降(そうこう)」そして七十二候は「霜始降(しもはじめてふる)」と移っていきます。2021年もその頃はだいぶ秋めいた陽気になりそうです。

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