日本の国鳥・雉始雊(きじはじめてなく)

雉始雊 きじはじめてなく 歳時記
スポンサーリンク
雉始雊 きじはじめてなく

七十二候は15日より小寒の末候「雉始雊(きじはじめてなく)」となります。
雉のオスがメスを求めて鳴き始める頃という意味ですが、実際には雉の繁殖シーズンは3月から7月ともう少し後です。

スポンサーリンク

雉始雊(きじはじめてなく)

早春の発情期にオスは草むらなどで小高い土の上にあがり「ケーン、ケーン」と甲高い声で鳴くとともに「ドドドドッ」とドラムロールのような羽音を立てながら羽ばたいたりします。
諸説あるのですが、このケーンという鳴き声とほろうちが由来となった言葉があります。それは人の頼みや相談事を無愛想に拒絶するという意味の「けんもほろろ」。必死に求愛するオスに対し、メスはけんもほろろな態度を示すことも多いようです。

昔はこの鳴き声などは父親が子供や妻に対して自分の居場所を知らせる音として考えていましたが、実のところ繁殖期のオスは縄張り意識が非常に強く単に他のオスから縄張りを守るための恣意行為だと最近では解釈されています。

そこで「雉」についてもう少しお話を…

雉は、飛ぶことはあまり得意でないようですが、健脚で、「雉」という漢字が「矢」と「隹」(=とりの意味)から出来ているよう地上を矢のような速さで走り抜けることができる鳥です。
一説には時速30キロメートルを記録したとも言われています。

日本の国鳥である雉

雉が日本の国鳥だということはご存じでしたでしょうか。
日本の国鳥は「タンチョウ(ツル)」やニッポニア・ニッポンの「トキ」と思われている方も多いようですが、雉が日本の国鳥です。
古名をキギスまたはキギシといい、それが転じて「キジ」になったそうです。
戦後間もない昭和22年(1947年)に日本鳥学会の国鳥選定において圧倒的多数により選定されました。

ちなみにその選定基準は

1.日本固有の鳥であること
 海外にも「キジ」は生息していますが「コウライキジ」といって別の種類です。

2.国民との距離が近いこと
 以前は人里にもちょくちょく顔を出して多くの国民が見かけることができたそうです。

3.大きく肉の味が良く、狩猟の対象となっていること  等々
 国鳥が狩猟対象となっていること自体世界的には日本だけなのですが、後にもう少し細くお話しますが宮中や貴族の間でも鶏肉といえば「雉肉」と言われ、美味なるものとして珍重され、雉の切り身を焼いて熱燗の清酒をかけた「御雉子(オキジ)=雉子酒」として天皇が正月のお祝いに用いていたくらいです。

以前は宮中参賀などの時も参列者にも振舞われていたようです。それが庶民の間にも広まり日本人としての食文化の一つとなっていきました。
そこで食用の雉の養殖や10万羽程度の放鳥なども行われています。今でも皇室の方々がお狩場で雉の放鳥を行うシーンはテレビなどで報じられています。
また狩猟期間の概ね3か月に限定され制限もされています。

雉の実態

雉のメスは全身茶褐色で「キジネコ」「キジバト」などその様に似ているので名づけられた動物もいますが、オスは目の周りに「赤い肉腫」があり羽毛も深緑色を主色とした長くとても派手で美麗な羽をもっています。

雉始雊 きじはじめてなく オス

オスは優美で力強く、母性愛が強いメス、そして子育てにみられる家族の和は日本国民の理想的な家族の象徴としての存在とされてきましたが、実態はそうではないようです。
オスが優美であり、あの大きなアオダイショウにも闘いにおよび体に巻き付いた場合でもそれを断ち切ってしまうほど力強いことには間違いないのですが、繁殖期のオスは赤い肉腫もさらに大きく赤くなり、自らの縄張りを死守するため赤いものには異常なまでに攻撃的となり、その主張のために鳴き声をあげたり、ドラムロールのような羽音を立てたり、自分の縄張りに他のオスが入ろうものなら、クチバシで相手の羽をむしったり、強い蹴爪で飛び蹴りを食らわすこともあります。
昔話の桃太郎の鬼退治に一役かったキジは、まさに勇猛果敢な鳥と言えます。
ちなみにそのドラムロールのような羽音は「母衣(ホロ)打ち」といい、母衣(ホロ)とは鎧の背に装着し飛んでくる矢などを防ぐマント上の武具を指しているそうです。

なぜそこまで縄張りを死守するかというと、雉の繁殖行動にその理由はあります。

以前は雉は一夫多妻だと思われていたのですが、実際は「乱婚」だそうです。
オスは守っている縄張りに不特定多数のメスが来るのを待ち、メスは集団でその縄張りに入って繁殖行動を行うそうです。
人間界ではあまり理想的な形とは言えそうにないこの繁殖行動はあくまでも人間のスタンダードであり雉の世界では子孫をより多く残すための行動なのです。

雉始雊 きじはじめてなく メス

メスが茶褐色の羽毛に覆われているのも比較的開けた草むらで子育てを行う際に迷彩色となって外敵に見つかりにくいようにしているためと言われています。しかも子育てはほとんどといっていいほどメスが行います。
キジのメスはどんな性格かというと、母性愛が強いことで有名です。
それを象徴するのが、「焼け野の雉夜の鶴」という言葉です。
雉が巣のある野が焼かれた際に自分の命にかえても羽で子や卵を救おうとする姿、鶴が寒い夜に自分の羽で子を温める姿から、親が子を想う情の深いことの喩えとして使われます。

このように人間のスタンダードからはあまり「理想的な家族像」とは言えない雉も精いっぱい生きているのです。

雉も鳴かずば撃たれまいに

雉に因んだ格言やことわざでよく知られているのに「雉も鳴かずば撃たれまいに」というのがありますが、人里近くの開けた草原に多く生息する雉はあの甲高い鳴き声やホロ打ちでさらに見つかりやすくなります。

「雉も鳴かずば撃たれまいに」は「余計なことを言ってしまったばかりに、後に自ら災いを招くこと」という意味のことわざで、各地に語り継がれている民話に由来していると言われています。お話の内容には多少の違いがありますが川の氾濫を防ぐための人柱を題材にしている点ではほとんど共通しているようです。

その中でも有名なのは石川県に伝わる「あずきまんま」という民話ですのでさわりをご紹介しておきます。

「昔、屑川にお千代という娘がいました。母親は川の氾濫で亡くなり、父親と二人暮らしをしていました。貧しくも楽しく暮らしていましたが、ある日お千代は病にかかってしまいます。父親は『アワを食べて元気になりなさい』と言いますが、あずきまんま(赤飯)が食べたいとごねてしまいます。
父親は蔵に盗みに入りお千代に赤飯を食べさせてあげました。お千代は元気になりお千代は手毬歌で赤飯のことをくちづさむようになりました。
そんな矢先、屑川が氾濫し人柱を立てる話しが持ち上がっていました。人柱とは生きた人を土に埋めて神に無事を祈る風習の一つで、悪事を働いた人が犠牲になるのが通例でした。ここでお千代の手毬唄が、ある百姓の頭に浮かび、父親は人柱となってしまいました。
お千代は自分のせいで父親が人柱になったことを心から悔やみ悲しみ、幾日も鳴き続けましたが、その後、周囲と一言も口を聞かなくなってしまいました。
ある日、猟師がキジをしとめに山へと向かいました。
猟師は銃の引き金を引き、キジをとらえた場所へと足を向けると、そこには立派な大人になったお千代が息のないキジを抱いてたたずんでいたのです。
そこでお千代は猟師に向かいこう言ったそうです。

『キジよ、お前も鳴かなければ撃たれなかったろうに』

この言葉を残し、誰もお千代の姿を見なくなりました。その後、『キジも鳴かずば撃たれまいに』という言葉が村に語り継がれ人柱を行うこともなくなりました」

この他にも、「ケンもホロロ」や「頭かくして尻隠さず」なども雉に由来した格言もあります。

結詞

雉は地震を予知して鳴くと言われ、古くからその挙動が注目されてきました。
雉の足裏には振動を敏感に察知する感覚細胞というものがあり、人体で知覚出来ないような地震の初期微動を知覚できるため、人間より数秒早く地震を察知することができるとも言われております。地震・雷などの時に雉が鳴くことを「音合わせ」といいます。
現在でもニワトリなどに比べて脂質が少なくたんぱく質が多く低カロリーであるため食用として珍重されている雉ですが、生息域の変化などで生息数が減少傾向にあります。将来的には固有種の絶滅も危惧されていることも踏まえ、雉が安心して生育できる環境を地道に整えて、日本の国鳥と人との末永い共存共栄の世界を守っていきたいものです。

さて15日は「小正月」でもあります。

風物詩のカテゴリーに記事をアップしておきましたのでご覧ください。

大寒


今年は数年に一度と言われる「寒波」次々と来襲し、低温や大雪をもたらしていますが、暦も20日より二十四節気は「大寒」そして七十二候は「款冬華 (ふきのはなさく)」と進んでいきます。

款冬華 ふきのはなさく

コメント

タイトルとURLをコピーしました