入道雲の上に鱗雲。徐々に秋の気配を感じ始めます。

秋分 雷乃収声 歳時記
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秋分 雷乃収声

未だ残暑厳しい日が続いていますが、空を見上げると入道雲とともに秋の雲も一緒に現れ、朝晩幾分涼しさが感じられ、沖縄でも日差しが心なしか和らいできたようにも感じられます。暦も22日より二十四節気は「秋分(しゅうぶん)」、七十二候は「雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)」と移っていきます。また19日より「秋彼岸」に入ります。

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秋分(しゅうぶん)

秋分

太陽が真東から昇り、真西に沈む。昼夜の時間がほぼ同じとなり、この日を境に日の出が遅く、日の入りが早くなり、「秋の夜長」へとなっていきます。

またこの日は「彼岸の中日」でもあり、「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉通り秋の気配を徐々に感じ、爽やかな日を迎えるのはもうすぐです。

そんな時ふと空を見上げると「鱗雲(うろこぐも)」。この雲を見ると思わず「秋だなぁ」と口をついてしまいます。

うろこ雲

さてこの鱗雲、秋になると空気が乾燥してきて高度の高い上層に雲が出来るため「天高く」の言葉通り秋の空は高く感じられるのでしょう。

その中で真っ白な鱗雲は正式には「巻積雲(絹積雲)と言うのですが、いわし、さば、さんまが獲れる時期と重なっているので、鰯の大軍を想起させるため「いわし雲」と呼ばれたり、さばの背中の斑点に似ていることから「さば雲」と呼ばれたりしています。

もう一つ鱗雲によく似ているのですが、もう少しひとつひとつの塊が大きく、少し灰色がかって太陽を遮るような中層に出来る雲は「ひつじ雲」があります。

ひつじ雲

どちらも低気圧や台風が遠くに存在す時に出現する雲ですが、鱗雲は二日後くらいひつじ雲は翌日あたり雨が降ることが多いようです。時折空の雲を見上げてお天気の予測でもしてはいかがでしょうか。こんな楽しみも「観天望気」のひとつです。

雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)

雷乃収声 かみなりすなわちこえをおさむ

本格的な秋の到来を少しずつ感じさせてくれるこの頃で春分の頃から夏の間鳴り響いた雷もなりを潜めてきました。

雷が鳴らなくなる頃。春分の末侯に「雷乃声発(かみなりすなわちこえをはっす)」とあるように、春分の頃から鳴り始めて夏の間鳴り響いた雷が、声を収めるようになります。そのため昔の人たちは「稲妻」が稲を育て、実らせると考えていました。その考えも単なる思い込みではなく科学的にも空気中の酸素や窒素を雷が化学変化を起こし「窒素酸化物」として雨となって地上に降ってくるのです。窒素酸化物は窒素系肥料と同じもので、天然の肥料と言われています。

彼岸(ひがん)

19日より暦は、土用、節分や八十八夜などの雑節のひとつ「彼岸」です。そもそもお彼岸は春と秋の二回あります。

彼岸は、秋は秋分の日、春は春分の日をはさんで前後3日の7日間を言い、お彼岸の初日を「彼岸の入り」最終日を「彼岸の明け」と言います。そしてその真ん中の日が「秋分の日」・「春分の日」に当たり「彼岸の中日」と呼びます。

彼岸」という言葉の意味ですが、仏教では生死の境を越えて悟りをひらいた者が到達するところが「彼岸」、それに対して煩悩に満ち溢れた現世を「此岸(しがん)」という二つの世界があるとされています。

そして「彼岸」は西方に、「此岸」は東方にあるのだそうです。

そういえば「西方浄土」という言葉もよく耳にしますよね。

このことから太陽が真東から昇って、真西に沈む秋分の日と春分の日は、あの世とこの世が最も通じやすい日と考えられています。

しかしながら、この彼岸という慣習は、古来からの仏教関連の行事と思われている方も多いと思いますが、仏教の始まりの国インドや日本が多く仏教を学んだ中国には無く、日本独自の慣わしなのです。

もともと古来より日本では文化的に神道による自然の中にたくさんの神様が存在するという考え方や、「太陽信仰」が根付いていて、先程書きました太陽が真東から昇り、真西に沈む秋分の日や春分の日は「彼岸」と「此岸」が通じ易く先祖供養によく先祖に思いが届きやすいと信じられてきました。

その上、春の彼岸のころは、種まきの時期、そして秋の彼岸の頃は収穫の時期という農事の節目であり、先祖に感謝しつつ五穀豊穣や自然に感謝する行事として「日願」という習わしと相まって、神仏を分け隔てなく信心する日本人には受け入れられ定着しやすかったのです。

彼岸 墓参り

そんな意味からも「お彼岸=墓参り」ということになったのでしょう。

仏教的にはインドのサンスクリット語の「パーラミター(波羅蜜)」という言葉が中国に伝わったときに漢訳された「到彼岸」に由来しています。「パーラミター(波羅蜜)」はもともと完成する、到達するという意味がありそれを仏教的に修行を積み重ね悟りの境地に達するという意味だとされています。

本来は一年中の積み重ねにより、その境地に達しようとする修行が大切なのですが、凡人にはそう簡単にはできないので、そこで年二回私たち凡人も集中して修行に励みましょうという期間なのです。

修行と言うと僧侶の方々が行われる難行苦行を想像してしまいますが、そういうことではなく仏教で言われる善行の「六波羅蜜」を実践してみましょうということです。六波羅蜜とは「布施(ふせ)」「持戒(じかい)」「忍辱(にんじょく)」「精進しょうじん)」「禅定(ぜんじょう)」「智慧(ちえ)」の六つの善行のことを指します。皆さんも「六波羅蜜寺」や「六波羅探題」という言葉を聞いたことがあると思いますがいずれもこの「六波羅蜜」からきている名称です。

この善行を彼岸の中日である春分の日や秋分の日をはさんだ前後3日に一つずつあらためて実践してみましょうということが仏教で言う彼岸の意味です。

その六つの善行は私のような凡人にはとても奥が深く一言で説明するのは不可能ですので私なりの解釈をここで綴っておきたいと思います。

1.布施(ふせ)

布施とは私たちがすぐに連想するのは、法事などの時にお寺やお坊さんにお支払いするお金を想像しますが、もちろんそれもお布施の内なのですがそればかりを指すのではないそうです。

布施

もっと身近に、周りの人々に対してちょっとした手助けや心遣いなどの親切な行動を起こすのも立派なお布施だそうです。

例えば、身近にいる障害をお持ちの方は日本で一番多いと言われる「鈴木」さんという名字の方よりも多いそうです。

そのような方々を見かけたら声をかけ、ちょっとした手助けするのも立派なお布施になるのだそうですので、そういうかたがたばかりではなく全ての方々に対してちょっと心配りをして「親切」の二文字を実践したいと思っています。

2.持戒(じかい)

お坊さんたちは「受戒」といって自ら戒律(してはいけないこと)」宣言してそれを実践していくそうです。

まさに有言実行の世界です。

このように自ら決めたことを必ず実践する、強いて言えば「言行一致」の実践がこの二つ目の善行に当たります。決して嘘をつかず虚言や妄言をはかず誠実に行動することが誠実に一日を過ごすことを心掛けたいと思います。

3.忍辱(にんじょく)

単純に言えば耐え忍ぶことなのですが、ただ単に耐え忍ぶのではなく世の中思い通りにならないことが多い中、それも穏やかな心をもって受け入れることが大切だそうです。

ムッとしたら心の中で「穏やかに穏やかに」とつぶやきながら過ごす一日を過ごしたいと思います。

4.精進(しょうじん)

まさしく努力そのものです。今やらねばならないこと、やるべきことを整理してひとつひとつ着実に実行する日を作りたいと思っています。

5.禅定(ぜんじょう)

この禅定という善行の解釈が一番難しく感じたのですが、心を鎮め自らを省みながら行動することによって他人に対しての譲る気持ちや許す心が芽生えるそうですので「自己中心」にならず他者を思いやる心をしっかりと自らに意識させて過ごす一日を設けたいと思います。

6.智慧(ちえ)

智慧とは知恵と少し違い、仏教ではお釈迦様の教えを言うようです。

智慧

仏教のみならず他の宗教の教えにも生きる術として様々な「智慧」書かれています。まさに生き方の根幹、本質のような金言が多く含まれています。ですから宗教は哲学のジャンルに含まれているのかもしれません。

あらためてもう一度自らの生き様を省みてしっかりと勉強、修養する一日も作りたいと思います。

彼岸花

彼岸花 曼殊沙華

皆さんがお墓参りする時にはお花(供花)もあげますよね。

このお花、秋は彼岸花の季節。ところがこの彼岸花は供花としては忌み嫌われるようです。

毒のある花、トゲのある花は仏教ではお供えする花としては相応しくないと言われているからです。

その「彼岸花」、全草有毒な多年生の球根植物で、球根に毒があり、経口摂取すると吐き気や下痢を起こし、ひどい場合には中枢神経の麻痺を起こして死に至ることもあります。

ではなぜ彼岸花と言われるかというと秋の彼岸頃から開花することに由来するというのが定説となっていますが、これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、というものもあるようです。

また他の呼び名としての「曼珠沙華(まんじゅしゃげ・まんじゅしゃか)」は、『法華経』の中の一説に「曼荼羅華 摩訶曼荼羅華 曼殊沙華 摩訶曼殊沙華 而散仏上」に由来するようです。その花は伝説の天界の花で、彼岸花と色も形も違うのすが、「マンジュシャカ」には赤いという意味もあるので中国に伝来した際に充てられたものではないかという説もあります。

沖縄の彼岸

本土とは風習の違う沖縄での「お彼岸」はどうなのでしょうか。

ご想像の通り、やはり大きく違いました。

沖縄では基本的に祖先崇拝がベースで親族揃ってお墓の前に参集することが多いのですが、

一部門中(一門)や一部家庭を除いて、お彼岸は基本的にはお墓参りはしません

しかしながら「お彼岸」沖縄にとっても大切な年中行事として違った形で現代にも引き継がれています。

その違いは多くの家庭では家の仏壇にお供えをして「拝み」を捧げるのが一般的で、仮にお墓参りをしても親族一同が集まらず比較的小規模でお参りをし、さらにお参りに行ってもすぐにお家に戻り仏壇に祈りを捧げます。

屋敷の御願

それは「屋敷の御願(ヤシチヌウグァン)」といって屋敷におられる五柱の神様に祈り、日ごろの守護に関して感謝を捧げるのだそうです。

その五柱というのは「ヒヌカン(火の神)」をはじめ、敷地の東西南北の四隅におられる「ユンシヌカミ」、門前にいる「ジョウヌカミ」、トイレの神様の「フールヌカミ」、そして玄関と門の間におられる「ナカジンヌカミ」です。

その神様をお供え物を携行しながら回り祈りを捧げます。

この行事は春の彼岸を「二月彼岸(ニングァッチヒガン)」秋の彼岸は「八月彼岸(ハチグァッチヒガン)」と言って年二回旧暦の2月、8月に行うそうです。

おはぎ(萩)とぼた(牡丹)もち

おはぎ

堅い話はここまでにして、お彼岸というと思い浮かべるのが「おはぎ」「ぼたもち」ですようね。

一般的にはその時期に咲く花から春は「牡丹餅(ボタモチ)」秋は「お萩(オハギ)」と呼ばれていることが多いようです。

豆が自然に感謝しつつ五穀豊穣の意味があるとか、小豆(あずき)自体に邪気を払う力があるとか理由は様々です。

しかし基本的には小豆餡、もち米、うるち米と同じ食材を使ったお菓子です。

その中でもわずかな差異といえば小豆は秋に収穫されるので皮が柔らかいので皮ごと全て使う「つぶ餡」にし、春は保存している小豆のため皮が堅くなっているので皮を取り除いた「こし餡」を用いることぐらいでしょうか。

ところでそのぼたもちやおはぎに夏や冬の呼び名もあるのをご存じでしょうが。

それは夏は餅をいつ搗(つ)いたか分からない、が転じて暗闇の中いつ着いたか分からないことにかけて「夜船」。

冬は月(搗き)を知らない北向き窓にかけて「北窓」という通人の呼び方もあるそうです。

結詞

秋分の日は「祖先を敬い、亡くなった方々を偲ぶ日」と祝日を定めた法律に書かれているようにこの一週間くらいは敬虔な気持ちで先祖の墓前で手を合わせるのも大切なことと思います。

蟄虫坏戸 むしかくれてとをふさぐ

秋分の日を境に日照時間が短くなり、徐々に秋らしく涼しくなっていくと思われますが、七十二候は28日より秋分の次候「蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)」と入っていきます。

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