夏到来を告げる「夏至」

夏至 歳時記
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夏至

沖縄地方は平年より11日早く「梅雨明け」しましたが、暦も二十四節気は「夏至(げし)」となり、七十二候も夏至の初候「乃東枯(なつかれくさかるる)」に移ります。

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夏至

夏至 二見ヶ浦

梅雨明けした沖縄や梅雨が無いと言われている北海道を除き「梅雨」真っ只中ですが、季節はもう本格的な夏の入り口の「夏至(げし)」と変わります。

夏至は皆さんもご存じのように北半球では一年で昼間の長さが一番長くなる日です。

太陽が真南にきて最も高くあがったとき(概ね正午ぐらい)の地平線との間の角度を「南中高度」といいますが、この角度が一年で一番高くなるので、太陽が出ている時間も長くなるというわけです。

ちなみにその時間には太陽が真上に近いところを通るため作られる影も短くなります。

乃東枯

夏枯草 靭草

七十二候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」に変わります。この七十二候は冬の12月21日ごろの「乃東生(なつかれくさしょうず)」と対をなす七十二候です。

この「乃東」については乃東生に詳しく書いてありますのでご参照ください。

乃東は「だいとう」と読み、夏枯草・靭(うつぼ)草の古名です。

乃東枯はその夏枯草 (かこそう)の紫色の花が枯れて茶色く変色する頃という意味です。

正に冬至の頃、花を咲かせ夏至の頃に枯れていくという季節を象徴する植物と言えましょう。

夏至南風

夏至南風 カーチーベー

梅雨も明けた沖縄は、日差しもだんだん強くなり、多少は湿度が高いため本格的な夏に比べれば、若干蒸し暑さが残りますが、いよいよ夏の到来を感じさせてくれます。

そんな沖縄地方の天気予報では「風は南寄りの風がやや強く・・・」という言葉が聞かれることが多くなりました。

そんな湿気を帯びた南風のことを沖縄では「カーチーベー(カーチーバイ)」といい、季節の移り変わりを示す季節風を素敵で表します。

みょうが

みょうが

この時期スーパーや青果店の店頭で見かける夏野菜のひとつに「みょうが」があります。私も大好きな夏野菜です。

現代ではハウス栽培の技術で通年収穫できるようになりましたが、6月から9月にかけてが旬の時期です。そのいわゆる「みょうが」は実は花の蕾のような部分の花穂という部分を食べています。

保存方法

旬の今の時期には店頭の目玉商品としてお買い得値段で販売されている時もありますので、思わずまとめ買いをしたくなってしまいます。

そんな時の長持ちさせる保存方法は湿らせたキッチンペーパーに包んで野菜室などで保存すれば10日間程は新鮮な状態で保存することができます。また刻んで冷凍して保存する方法もあります。

みょうがの言い伝えのウソ⁈

みょうがを食べ過ぎると物忘れがひどくなる」という話を聞いたことありませんか?

これはまったく嘘の言い伝えですのでご安心ください。

では何故このような言い伝えが実しやかに広まったかというと、それは仏教と深い繋がりのある逸話が残っているからなのです。

「仏教の開祖、お釈迦様の弟子の中にスリバンドクという人がおられ、最後は悟りまで開いた優秀なお弟子さんでしたが、彼は自分の名前を覚えられないという不思議な方でした。

そこでお釈迦様はその方の名前を札に書いて首からぶら下げさせましたが、今度はそれすらも忘れてしまいました。

そして終生、自分の名前を覚えることが出来ずこの世を去りました。

その後、葬られた墓の脇に生えてきたのが今で言う「みょうが」でした。それをご覧になったお釈迦様は終生自分の名前を荷って苦労した弟子に因んでその植物を「名荷」と名付けたそうです。それが現代の「茗荷」となり、物忘れにも繋がっていってしまったのです。

父の日

父の日

母の日に比べると何かと印象の薄い(?)「父の日」ですが、単に母の日の後付けではなくその始まりにはちゃんと由来があります。

ただ母の日と無関係ではなく、父の日も発祥は母の日と同じくアメリカです。

今日自分が存在しているのも母があって、父があったからこそです。忘れずにその恩顧に思いをいたしたいものです。

由来

ソノラ・スマート・ドットさんという女性のお父さんは軍人で南北戦争に招集されました。その間お母さんが一所懸命6人の子供を育てていました。お父さんが復員してきて安心したのかその間の過労のため亡くなってしまいました。その後はお父さんが男手一つで必死に子供たちを育て上げました。そして子供たちが無事成人したのを見届け、お父さんも亡くなられました。

お父さんの誕生月である1909年6月に娘さんであるソノラさんがお父さんへの経緯と子供を男手一つで育て上げた偉業をたたえるために教会の牧師さんにお願いして礼拝を始めたのが父の日のきっかけとなったようです。

当時、「母の日」はすでに制定されていたのですが、ソノラさんは「父の日」が無いのはおかしいという気持ちになり牧師協会に嘆願をして翌年父の日の祝典が開かれるようになりました。さらに1916年にはその祝典に大統領も参加し、演説をしたことにより広く全米に認知されるようになっていきました。

時は進み、1966年に時の大統領、リンドン・ベインズ・ジョンソンが父の日を称賛する大統領告示を発して6月の第3日曜日を父の日とすることを定め、そして1972年に国の正式な記念日として制定されました。

父の日のバラ

母の日には赤いカーネーションを贈るのが定番となっていますが、一方父の日は日本では「黄色いバラ」贈るのが一般的のようです。

バラとなった経緯はソノラさんが父の墓前に白いバラを供えたとか、父の日の祝典に参加したYMCAのメンバーが父が健在の人は赤いバラを、亡くなっている人は白いバラを付けて参加したという説などがあります。

1980年代になって父の日が日本にも伝わると、日本のファーザーズディ委員会が父の日は黄色いリボンを送ろうということを提唱し始めました。この黄色はイギリスでは身を守る色、それがアメリカに伝わり「愛する人の無事を願う黄色いリボン」ということで定着していきました。日本ではその黄色と、始まりであるバラが融合して黄色いバラとなったのではないでしょうか。

結詞

よく梅雨明け間近のころは集中豪雨に注意しましょうと言われますが、やはり地球温暖化に伴う気候変動なのでしょうか、今年の梅雨は各地とも梅雨入りと同時に大雨に見舞われているようです。雨による災害にはくれぐれもご注意ください。

花菖蒲

次回は夏至の次候「菖蒲華(あやめさく)」をお届けします。

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