七十二候は紅花栄(べにはなさかう)となります。

紅花栄 べにはなさかう 歳時記
紅花栄 べにはなさかう

沖縄では梅雨真っただ中ですが、暦は小満の次候紅花栄べにはなさかう)」と移ります。実際に紅花が咲き乱れるのはもう少し先の6月から7月です。

紅花栄(べにはなさかう)

七十二候は「紅花栄(べにはなさかう)」となります。紅花が咲き誇る頃という意味です。

ここで言う「紅花」は山形県の県花ともなっていて、あの「紅」の原料ともなっている紅花を指しているというのが一般的ですが、中にはその開花時期から紅花ではなくサツキツツジではないかと言われる方もおられます。

サツキツツジ

しかしながらここでは一般的にいう「紅花」ということでお話を進めていきます。

紅花

紅花 末摘花

紅花は「紅色」の染料としてご存じの方も多いと思われますが、その花はエジプトまたはエチオピアが原産と言われ、中国、韓国を経由して飛鳥時代に仏教文化とともに日本の近畿地方にその栽培法、染色法とともに伝わり盛んに栽培されるようになりました。その後千葉を経て江戸時代には現在の特産地の山形にも伝わりました。江戸時代中期には最上川の水運にも支えられ大々的に栽培されるようになりました。

キク科の一年草、または越年草でその花期は6月末頃から7月にかけてで、咲き始めは黄色い花ですが成長するにつれ徐々に赤色がましていきます。

茎丈は1メートル位で、その花を包んでいる総苞(そうほう)にはアザミの花のように棘があります。染料として使うのは花びらの部分のみで茎の末端に咲いた花から順に摘んでいくことから別名「末摘花すえつむはな)」とも呼ばれています。ご存じの方もおられると思いますがあの有名な「源氏物語」にも登場します。

美貌の女性の登場がほとんどの源氏物語ですが、末摘花と呼ばれた女性は鼻の先が赤いことから光源氏があだ名した女性で、決して眉目秀麗な女性ではなかったようです。しかしながら賢く誠実な性格から末永く交際した女性でした。

また紅花は染料のみならず、そのから油の採れ「紅花油」、英名から「サフラワーオイル」と言われています。

紅花油 サフラワーオイル

紅花の不思議

紅花は一般的には二十四節気の春の清明の頃に種まきをし、七十二候の7月上旬「半夏生(はんげしょう)」の頃に開花すると言われています。

その際まず紅花畑の中で一つだけ先陣を切って咲き、その後一斉に咲きます。まるで「もう花をつけていいか試してくる」と言わんばかりです。

そのことを「半夏の一つ咲き」と呼んだり、山形より北の地方では開花が少し遅くなりますので「土用の一つ咲き」と言ったりしています。

染料としての紅花

染料としての紅花は、その制作過程に非常に手間がかかりますが、その色彩が素晴らしいため江戸時代では阿波(現在の徳島県)の「藍玉」と並ぶ二大染料と言われるまでになりました。

紅花に含まれる色素の99パーセントは黄色系のサフロールイエローで残りの僅か1パーセントがあの紅色のカルサミンという色素なのです。

制作過程ではまだ朝露を浴びて棘が柔らかい早朝に花びらだけを摘み取り、摘んだ花びらは何度も何度も手で揉んだり足で踏んだりしながら水洗いをして、黄色の色素が完全に抜けたら水を与えながら発酵させます。さらにそれを餅のように丸めて天日で干すという手間のかかる工程を経て染料の原材料となる「紅餅」として製品化されるのです。

そのためその時代には「米の百倍」「金の十倍」という高値で取引されていました。

紅色

紅花から染め上げる濃い「紅色」は深紅(真紅)、唐紅(韓紅)、紅の八塩とも呼ばれ、染め上げるにも何度も染め重ねなければならないためその色自体が貴重で法ゴンに例えられるほど高価だったため、当時は高貴な方しか着ることが許されなかった「禁色(きんじき)」とされていました。一般の庶民が紅花染めを身に纏ったのは一回ほど染めた紅色というか桜色に近い色調のものだそうです。それでも高価だったため精を出して栽培生産に励んだ農民にはとても手の出る代物ではありませんでした。

紅色 韓紅 唐紅 真紅 深紅

また紅花は繊維を染めるだけではなく、紅花の色素を沈殿させ泥状にした黒みを帯びたとても濃い赤色のものもあります。

これを白磁の皿に入れると光の加減によって金色に輝くことから「艶紅(つやべに)」と言い、口紅などに用いられました。

結詞

新型コロナウィルスの感染の第一弾は少し落ち着きを見せてきたようです。沖縄では今まさに、そして九州ではこれから鬱陶しい季節で、無理なくもう一息不要不急のがいしゅつを控えることが出来そうです。ここで気を緩めずにもうしばらくはコロナと戦い続ける日々が続きますね。

麦秋

次回は小満の末候「麦秋至(むぎのときいたる)」をお伝えします。

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