竹笋生(たけのこしょうず)とかぐや姫

竹笋生 たけのこしょうず 歳時記
スポンサーリンク
竹笋生 たけのこしょうず

鹿児島県奄美地方に続き、沖縄地方も各気象台が「梅雨入り」を発表しました。

奄美地方は平年より一日早く、沖縄地方は二日遅い梅雨入りです。

新型コロナウィルスの状況はもう一息というところまで来た感がありますが、七十二候は「竹笋生(たけのこしょうず)」と移ります。

スポンサーリンク

竹笋生(たけのこしょうず)

七十二候の「竹笋生(たけのこしょうず)」はタケノコがあちらこちらからヒョッコリ顔を出し始める頃という意味ですが、多くの皆さんは「えっ!?これから?」と違和感を感じられる方も多いかもしれません。

竹笋生 たけのこしょうず

多くの方が「タケノコの旬」と感じるのは3月から4月。この頃竹林で顔を出し始める「タケノコ」は中国原産の孟宗竹で、ここで言う竹笋は日本に古来からある「真竹」を指しています。

竹と笹

今回もよく似た植物の話ですが、皆さんは竹と笹の違いをお分かりになりますか。

実は竹も笹もイネ科タケ亜科に属する植物で同じものではありますが、竹と笹には若干の違いがあります。

その分け方は一部違いはありますが、概ね大きさでその呼び名を分けています。

竹の名の由来は「高い、丈」からきていると言われるため大型のものを「竹」と呼んでいます。一方「笹」は「ささやか」に由来しているため「ささ」となりました。

そしてタケノコにみられるおにぎりやお弁当を包む用途で知られるあの皮ですが、竹は成長するにつれその皮は剥がれ落ち、茎の表面はツルツルになります。他方「笹」は皮が残ります。

さらに竹は節から出る枝は2本であるのに対して、笹は3本以上、5~6本というのが普通です。また竹は寒冷地では育たず、笹は寒冷地でも育ちます。ということから「笹」は日本固有のもので海外でも「SASA」と呼ばれます。

食材としての竹

春の味覚としてポピュラーな「タケノコ」ですが、一般に流通しているものの大多数は「孟宗竹」です。

味覚 グルメ たけのこ

孟宗竹は肉厚でエグ味が少ないためタケノコの中では非常に扱いやすい食材となっています。

一方、真竹は多少エグ味が強いため必ずあく抜きをしないとならないのですが、ほんの少しだけ頭を出した状態ではエグ味も少なく刺身でも食べられるほどだそうです。本州以南ではやはりタケノコは春を感じる食材の王様かもしれません。

姫タケノコ ネマガリタケ

では東北以北はどうかというと、こちらは笹の仲間ですが、「姫タケノコ(ネマガリタケ)」が6月ころから旬を迎えます。アクが少ないため皮つきのまま焼いたり、蒸したりして春の味覚として珍重されています。

竹取物語

「竹」といえば「竹取物語」が思い浮かびます。言わずと知れた「かぐや姫」の物語ですね。しかしこの物語、謎多き物語で詳細を説明しようと思っても諸説入り乱れ専門家の皆さんでも様々な論争が未だに存在します。日本の月周回衛星の名前ともなった主人公の「かぐや姫」の「かぐや」ですらその由来は様々です。

ということもあり、ここでは一般的なお話をさせていただきます。

あらすじ

学校の古文の時間や、受験勉強で「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり」という書き出しを暗記した方も多くおられると思いますが、そのあらすじは概ね、その誕生、そして成長し男性からの求婚話、さらに月へと帰っていくという三部構成になっています。

竹を取り、様々な生活用品を作り、それを生業としていた讃岐の造(さぬきのみやつこ)というおじいさんがいつものように山に竹を取りに出かけると一本の光る竹を見つけました。

竹取物語 かぐや姫

その光る竹筒の中に小さな赤ちゃんが座っていました。

おじいさんはきっと縁のある子供に違いないと家に連れ帰り、おばあさんとその子をそだてました。

すると不思議なことにその後おじいさんが竹を切ると次々とその竹の中から金が出てきて段々裕福になっていきました。

その子は三か月ほどで12、3歳の大きさまで成長したので成人の儀式が行われ、朝廷に祭祀を司る人に「なよたけのかぐや姫」と名付けてもらいました。

そのかぐや姫は絶世の美女だったので多くの男性から求婚されたのですが、その志を確かめるため敢えて無理難題を与えました。求婚に熱心だった五人の公達のいずれもその難題を叶えることが出来ず、さらには天皇の求婚まで拒み続けました。

それから三年ほどたった春の日、かぐや姫は徐々に塞ぎ込む様になり、ついに自ら自分は月の都の者であること打ち明け、かぐや姫自身も情が残り月には戻りたくないが定めには従わずにはいられないと話しました。

それを伝え聞いた天皇も兵を送り、守ろうとしたのですがその抵抗も叶わず月からの迎えに従いかぐや姫は老夫婦に着物と手紙を、その頃には求婚は諦めたものの文の交換を重ね心を通わせていた天皇には手紙と不死の薬を遺し、地球にいたころのすべての記憶を忘れ、月へと帰っていきました。

ちなみに余談ですが、手紙と不死の薬を遺された天皇も悲しみに暮れ、その手紙と不死の薬を焼くため、天に一番近いと言われていた駿河の山にたくさんの兵を連れて登ったことから、士(兵士)が富む山、不死をかけて「富士の山」と呼ばれるようになったという伝承も残っています。

かぐや姫と竹笋生

ここでかぐや姫の成長を読み返すとわずか三年で12、3歳の大きさまで成長したという件は、竹の成長の早さからきているのかもしれません。

竹の成長

実際、タケノコの成長スピードは、節ひとつひとつに生長点があるため早く、2~3ヶ月で20メートルもの高さになり、ピーク時には1日に80~100センチも伸びるといわれています。このように竹は猛烈な速さで伸びていくのです。

この成長の早さにあやかってか、「スクスク育て」という意味を込めて縁起の良い食材として「お食い初め」に供されることも多いようです。

目に青葉 山ほととぎす 初鰹

初鰹

春のグルメと言えば「鰹」が挙げられます。その鰹の旬は年に二回あり、春から初夏に変えて黒潮に乗って北上してくる鰹を「初鰹」と呼んでいます。当時は庶民には高価ではあったものの、江戸っ子の「初物好き」とともに長生きできる縁起の良い「初物」として広まりました。

また秋から冬にかけて水温の低下とともに三陸沖から関東以南に南下してくる栄養をたっぷり取り込み脂ののった鰹を「戻り鰹」といってその時期の鰹も好まれていますが、初鰹はそのさっぱりとした味わいが江戸っ子の「粋」の象徴でもありました。

結詞

冒頭にも書きましたが、新型コロナウィルスももう一息のところに来た感はありますが、ここで気を緩めると第二波、第三波の感染拡大を招いてしまいますので、今後も私たち各自が出来る感染拡大防止策は続行していきたいものです。

蚕起食桑 かいこおきてくわをはむ

そんな微妙な時節ではありますが、暦な20日に二十四節気は「小満(しょうまん)」そして七十二候は「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」となります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました