清浄明潔の清明、そして沖縄ではうりずんの季節です。

でいご 歳時記
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新型コロナウィルス感染の収束の見通しも立たない中でも暦は二十四節気「清明(せいめい)」そして七十二候は「玄鳥至(つばめきたる)」と移ってきます。 沖縄では「うりずん」のとても過ごしやすい季節の真っただ中となり旧正月、旧盆と並ぶ三大行事の清明祭(シーミー)の墓参があちらこちらで開かれる頃です。

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清明とは

万物が清らかで生き生きとした様子を表す「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」「という言葉からきています。

二十四節気や七十二候の日本での基となっている「暦便覧」では「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也」とあります。

この清明は春分の日から数えて15日目を言いますが2020年は4月4日がその日に当たります。

暦のふるさと中国ではこの日を「清明節」として祝日になっていて、その日には日本のお盆のように墓参をしお墓のお掃除などをします。

それにより清明節は別名「掃墓節(そうぼせつ)」とも呼ばれています。 また新芽で彩られた緑を愛でるため散策に出かけたりするのに最適なこともあって「踏青節(とうせいせつ)」の別名もあります。

清明に関わる言葉

春爛漫を謳歌するこの時季にふさわしい美しい言葉があります。

1.清明風

この時季、風邪は北西から南西に変ります。

その穏やかでそれこそ春を心にも体にも感じさせてくれる温かみを帯びた風。

2.発火雨(はっかう)

柔らかく静かに降る雨のことを言います。

別名「桃花(とうか)の雨」や「杏花雨(きょうかう)」と呼ばれることもあります。 一面に咲き誇る桃の花に降る雨が、遠くから見るとまるで火を放っているように見えることからそう言われています。

玄鳥至(つばめきたる)

つばめの親子

七十二候も清明の初候「玄鳥至(つばめきたる)」に変ります。

越冬のため南方の東南アジアの方に移動していたツバメが戻ってきて巣作り子育てを始める頃です。

玄鳥(げんちょう)」の「玄」には黒いという意味があり燕の異名です。他にも「ツバクロ」などたくさんの異名を持っている鳥です。

さらに中国ではオスとメスが力を合わせて子育てをすることから夫婦円満の象徴として「愛情鳥」とも呼ばれています。

またツバメは主に昆虫を食べ、穀物はあまり食べないので農家には歓迎される益鳥です。 この「玄鳥至」は「白露」の末候の「玄鳥去」と対をなす七十二候です。

うりずん

イッペイの花

四季が無いと言われる沖縄でも微妙な季節感を表す言葉はちゃんと存在しています。

南国沖縄と言えども冬は北西の季節風が強く吹き体感的には観測される気温より寒さを感じます。

その北西の季節風が収まり風向きも南東に変る旧暦の2月、3月、もう少し詳しく言うと春分から立夏(梅雨入り)までの気候を沖縄では「うりずん」と呼んでいます。

寒さは遠ざかり、かといって暑くもなくとても過ごしやすい時季です。 うりずんが終わるころには沖縄は日本で一番早く梅雨入りを迎えることになります。

清明祭

沖縄ではこのうりずんの気候にも手伝われ、旧正月、旧盆と並んで沖縄の三大伝統行事と言われる「清明祭(シーミー)」あちらこちらのお墓で見受けられます。

2020年は4月4日から18日が二十四節気の清明の期間ですので、概ねこの間に行われることが多いようです。

本土と違って沖縄の昔ながらのお墓は「亀甲墓」といってお墓の前に親戚一同が墓前に集まれるように広いスペースが設けられています。 そこに門中、親戚一同が集まりご先祖さまや親戚一同のお互いに近況を報告しながら墓前にお供えしたご馳走やお酒を飲みながら宴会を行います。

沖縄 重箱料理

由来

現在の那覇市久米に14世紀の後半に中国の洪武帝により下賜された多くの中国人の学者や航海士などの職能集団が移民してきました。

その移民の子孫たちが故郷の風習に従って清明祭を行ったのが始まりと言われています。

その後18世紀に入り当時の首里王府が久米村の作法にならって毎年清明祭を行ったことに由来しています。 その習慣が庶民にも引き継がれ現代でも脈々と残っています。

玉陵

新型コロナウィルスと清明祭

世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルスはこの清明祭にも少なからず影を落としています。

沖縄の清明祭は所謂3密の内、二つに該当してしまいます。

ただ清明祭は屋外行事であるため県からはそれほど神経質になる必要はないとの見解が示され自粛要請などは出ていません。

多くの人が集まる集会で親戚一同が近況を報告したり宴席を楽しんだりと密集・密接の要件が当てはまってしまうので、感染拡大防止の観点から集まった人の感覚を広くとったり、重箱のご馳走をとる際にも共用のトングなどを使わないなど注意喚起は行われています。

しかしながら首里の王族である第二尚氏の清明祭として復活した玉陵や浦添ようどれで行われる清明祭は延期となってしまいました。 今年は身内のみにての催行となるようです。

浦添ようどれ

結詞

新型コロナウィルス感染拡大で何かと憂鬱な世情ではありますが、雨上がりの輝きをを増し鮮やかな新芽の緑を眺めながら上手に気分転換を図りながら国難ともいえるこの時期をしっかりと乗り越えていきたいものです。

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