九州八十八ヶ所百八霊場 第二十三番札所 長覚山 光明院

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九州三十三観音霊場
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光明院は江戸時代、杵築城主松平英親公が杵築藩の裏鬼門除けにと正保2年(1645年)に不動明王を安置し、専ら祈祷三昧であったが、享保年中に至って、三代城主松平重休公の庇護を蒙り堂舎が建立されて祈祷道場となりました。
当時は本堂・護摩堂・諸堂・金比羅権現・門等があり寺跡一町近くありました。
明治初期には廃仏毀釈にあい、廃寺同然になりましたが、後に浅野順理住職により復興を果たしています。
光明院の護摩堂は、普通の木造ではなく、巨大な岩山の下に開いた洞窟の中に、諸尊が安置されています。
本尊の不動明王は本堂に祀られています
境内の洞窟にある護摩道場には不動明王をはじめとする五大明王が祀られています。
また大師堂には弘法大師とともに醍醐寺を開創し真言宗醍醐派の祖である聖寶理源大師(しょうぼうりげんだいし)が祀られています。
九州八十八か所百八霊場~九州を周る「心巡り」の旅~より

『概略』

長覚山 光明院
(御朱印)

創建

正保2年(1645年)
開基 松平 英親 公
開山 観行阿闍梨

宗派

真言宗醍醐派

ご本尊

不動明王立像(九州八十八ヶ所百八霊場ご本尊)
(お御影)

ご真言

のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろ しやだ そわたや うんたらた かんまん

不動明王について

不動明王は、密教の教主、大日如来が衆生教化のため変身した明王の中では最高位の仏様です。
普段は柔和な大日如来が、優しさだけでは通用しない人々を救済するために、あえて怒りの形相をしています。
邪悪な相手には徹底的に厳しく、人が間違った道へ進もうとした時には、正しい道へと戻れるように諭してくれる存在です。
迷いの世界から煩悩を絶ちきり、仏の道を教えてくれる尊い存在なのです。

空海が日本にもたらした最初のお姿は両目を見開く恐ろしい形相で、おさげ髪のお姿でした。その後19世紀になると、「不動十九観」が定められ左目をやや閉じ、右目を開ける天地眼、上唇を下歯で噛み下唇を上歯で噛むといった特徴となりました。
そして倶利伽羅剣という宝剣と悪い心を縛り上げることにより、善き心を呼び起こさせるための羂索と呼ばれる網をもっておられます。
さらに背後には炎が立ち上げる火焔光背があります。

五大明王について

五大明王(ごだいみょうおう)は、仏教における信仰対象であり、密教特有の尊格である明王のうち、中心的役割を担う5名の明王を組み合わせたものです。
本来は別個の尊格として起こった明王たちが、中心となる不動明王を元にして配置されています。

五大明王の配置とご真言

中央・不動明王(大日如来の教令輪身)
ご真言:省略

東方・降三世(ごうさんぜ)明王(阿閦如来の教令輪身)
ご真言:おん そんばにそんば うん ばざら うん はった

南方・軍荼利(ぐんだり)明王(宝生如来の教令輪身)
ご真言:おん あみりてい うん はった

西方・大威徳(だいいとく)明王(阿弥陀如来の教令輪身)
ご真言:おん しゅちりきゃらろは うんけん そわか

北方・金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王(不空成就如来の教令輪身) 
ご真言:おん ばざら やきしゃ うん

*天台宗系(台密)では金剛夜叉明王は烏枢沙摩(うすさま)明王に代わります。
おん しゅりまりままり まりしゅしゅり そわか

住所・連絡先

大分県杵築市大字南杵築据場71 TEL 0978-62-5136
(地図)

アクセス

・JR日豊線杵築駅より大分交通バス錦江橋北詰または据場下車、徒歩3分
・車の場合、国道10号線赤松交差点から杵築方面へ
市役所前を通り、教会の角を右折して、突き当たりを左折する
・境内に駐車場あり

ご詠歌

水清く 川面に映す 光明院 末の世までも 救いまします

他の霊場札所

九州三十三観音霊場第十三番

霊場ご本尊・穴不動下
ご詠歌 光明の まもりに満ちて 幸せを かなえたまえる 南無観世音
ご真言 おん あろりきゃ そわか
(御朱印)

洞窟の中の護摩堂(第二十三番 光明院)

杵築は、国東半島の南の入り口にあたり、白壁土蔵や武家屋敷の土塀など杵築城の城下町の風情を残している町です。
現在は杵築城は再建され、古代公園となっていて、内部が郷土資料館となっている杵築城天守閣や国東塔、宝篋印塔、五輪塔などが集められています。

光明院は、松平英親がこの地の領主となった時代に、杵築城の「裏鬼門除け」として建立されました。
その後隆盛を極めましたが、明治の廃仏毀釈によって廃寺同然に荒廃してしまいました。

山門をくぐるとまず眼に飛び込んでくるのは、境内の奥の護摩堂
一般的な木造のお堂ではなく、ぽっかりと空いた洞窟がお堂です。ただ入り口には向拝部分の屋根と扉が設けられていて仏堂としての態をなしています。
この護摩堂の中に五大明王である、不動尊、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王が祀られています。

堂の上方は岩肌となっていて、見上げると小さな穴があります。以前はこの穴に不動尊が祀られていて「穴不動」といわれています。
厳しい修験道の寺として加持祈祷に明け暮れていた時代が目に浮かぶようです。

そして穴不動の真下の境内右手には二体の尊像があって、ひとつは水子子育地蔵尊
もうひとつは九州三十三観音第十三番札所ともなっているぼけ封じ観音です。
人生の始めと終わりをお守りくださる仏様が並んでおられるのも趣深いです。

左手には、平成八年に建立された大師堂があり、現在は本堂も再建されたそうです。

南無大師遍照金剛

密教では三輪身といって、一つの「ほとけ」が「自性輪身」(じしょうりんじん)、「正法輪身」(しょうぼうりんじん)、「教令輪身」(きょうりょうりんじん)という3つのお姿で現れるとされています。
「自性輪身」(如来)は、宇宙の真理、悟りの境地そのものを体現した姿を指し、「正法輪身」(菩薩)は、宇宙の真理、悟りの境地をそのまま平易に説く姿を指します。
これらに対し「教令輪身」は、仏法に従わない者を恐ろしげな姿で脅し教え諭し、仏法に敵対する事を力ずくで止めさせる、外道に進もうとする者はとらえて内道に戻すなど、極めて積極的な介入を行う姿です。

次回は第二十四番札所「愛宕山 蓮華寺」をお伝えしていきます。

願ねがわくは
この功徳くどくをもってあまねく一切いっさいに及およぼし
われらと衆生しゅうじょうと
みなともに仏道ぶつどうを成じょうぜんことを 合掌

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